2017-11

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〈本〉の彼方 11

ソーントン不破直子 著『鎌倉三猫いまふたたび』(春風社刊)
―「図書新聞」掲載

 あの鎌倉山の三匹の猫たちはどうしているかなあと、ときどき思い出していたから、本書で「ふたたび」会えて、うれしいことこのうえなしである。ホクホクして読みすすめた。三匹の猫、小町、タマ吉、みなみはそれぞれが縁あって、鎌倉山の学者夫妻のもとで家族として暮らしている。三匹はいずれも個性的で魅力たっぷりなのだが、本書では自然豊かなご近所に宅地造成の話が持ち上がって、三匹それぞれの日常にも変化が起きていく。
 さて、私たちはたまたま人間として生まれたり、猫として生まれたりしてこの世で暮らしているのだが、小町は北鎌倉から飛んで来るハシボソガラスの半僧坊、「やみよ」と「つぶて」に触れながら、面白い自説を語る。半僧坊とは半分僧侶で半分カラスのことで、「昔はこういう『かけあわせ』みたいな動物が人間からも動物からも慕われていました……つまり、生物には外からは見えない、いろいろな他種の生物の要素が埋め込まれているのです」というのだ。「一種一生物」ではなくて「多種一個体」とは、面白い。小町が旦那様とご長男の「断続平衡的進化論」というお話に自らの観察と思索を交えて導き出したセオリーだそうだが、これは卓見である。
 インテリ猫の小町―実は知を超えたもっとすごい存在なのだが、それは本書を読んでのお楽しみ―とは際立った違いを見せるのが、アビシニアンの血を引くらしい野生児、タマ・ザ・ラッパーこと、タマ吉である。鼻唄ラップでずんずんご近所の山野に分け入っていく。釣鐘人参と蜂は一つの植物、「半虫半花」なのだということを知っているのは、タマ吉だけ。冒険は山野だけじゃない。タマ吉はラッパー魂を発揮して、人の心の中にもずんずん分け入っていく。測量にきたおじさんに近づいて行って弁当をわけてもらい、一緒に昼寝する。なかなかできることじゃない。
 末っ子のみなみは詩人である。夜が明けると白いタンコブみたいになってしまうカラスウリの花をみて、こうつぶやく。「本当に夏の一夜の夢の花です……どうして世の中には、ありふれた場所にこんなに美しいものが、ほとんど誰の目にもとまらないようにあるんだろう」と。
 助けたつもりの野ネズミを思わず食べてしまい、「食べているうちに、神社に行く途中でみた、カラスウリの夢のような白い花が心に浮かびました。あれももうすぐ白い小さなタンコブになってしまうと思いました。なんだか、いろんなことがつらくて、悲しくて、何でこんなことなってしまったんだろう……」と思うみなみ。
 読みつつ、わが家の猫を思った。彼女もしきりに話しかけてくることがある。狭いマンション暮らしで外とのふれあいはベランダだけだが、飛んできた蜂が南瓜の花に潜り込んだことを報告したかったのか、宅配便のお兄さんが「おや、猫だ」と言ってくれたのがうれしかったのか。三匹があまりにいきいきと鎌倉山を闊歩しているからマンション猫はかわいそうと思ってしまうが、タマ吉はタマ吉で、「自然の中で自由に生きているカラスやタヌキとおいらみたいに人間に飼われて人間の父ちゃんや母ちゃんに育ててもらっているのと、どっちがいいのかな」ともらす。そう、それもこれもこの世の出会いなんだよね。
お父さんのソーントンさんは歴史言語学者でバスク語を研究しているらしい。好奇心旺盛な英文学者のお母さんはどうもカフカが好きらしい。小町のカフカ好きはお母さん譲り。「あの鋭く、そして悲しいまでのやさしさに満ちた目はカラスの目です。カフカという方は、犬族の悲しみがわかっていたのです」などと小町は思う。バスク語とカフカが鎌倉山の自然の中で渾然一体となるのも、「多種一個体」だからこそだろうか。
造成工事で起こった、ある不思議な出来事は、「多種」とは現世を生きる者たちだけでなく、時空を超えて集結したいのちの集合体であることを告げているのかもしれないと思った。
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物語のなかへ22

田口ランディ 著『指鬘物語』(春秋社刊)
―「図書新聞」掲載

 不思議なタイトルに惹かれて頁を開いた。「指鬘」は仏陀の弟子であるアングリマーラの漢語訳で、アングリには指の意味もあるそうだ。
 本書は著者にとって初めての短編集で、四〇〇字にして一〇枚ほどの掌編小説が二十四編収められているが、作品の多くは指をめぐる物語である。著者はあとがきで「あたりまえのことが、奇跡のように思える。その一瞬をとらえるのが、短編を書く面白さ」と語っているが、アングリマーラを基軸にした二十四編の周到な配置ともあいまって、田口ランディは短編もいい。いや、短編がいい。そう思ってしまった。
 冒頭に「青空」と題した二十五年間服役中の死刑囚の話、そして最後に「谷に眠る指」として、アングリマーラをホーリーネームとして与えられたオウム真理教の男(教祖を裏切って自首し、死刑が確定して服役中―)を発端にした話が置かれている。
アングリマーラは修行者だったときに、師から不貞の誤解を受ける。百人殺してその指を首輪にしたら悟ることができると教えられて、仏陀に出会うまでに九九人も殺した。仏陀に会って解脱したとはいえ、殺人者である。アングリマーラも死刑囚も、殺してまで何を得たかったのか。それは得られたのか。この問いが、『指鬘物語』の通奏低音をなしている。
 「青空」で描かれる、死刑囚が見た夢には、著者の救済をめぐる思念がこめられているように思われる。この夢を呼び水のようにして、さまざまな人生の局面が「指」をキーワードに切り取られていく。
 赤ん坊を授かった若い家族の話、老親と同居して最期を看取る高齢夫婦の話、亀やハムスターの命の話……物語の多くは、ありふれた日常のひとこまだが、そこには田口ランディならではの透徹した眼差しでとらえられた、時空を超えて行き交うものの存在がたしかに描かれている。
 「アングリ」は、酒鬼薔薇聖斗の事件を遠景においた物語だ。姉を失い身代わりのように子供を身ごもった「私」は、テレビで流れる事件に引きつけられる。
 「人間の壊れやすさを確かめるため、少年は少女の頭をハンマーで殴った。その行為に『アングリ』と名付けた。/アングリ、と聞いたとき、少年が自分の指を光に透かし、返すがえす眺めている姿が見えた。この指は、なぜ動いているのか、この指で、何が出来るのだろう、と」。
 そして、自殺した姉から聞いたアングリマーラの話を思いだす。赤子に乳を含ませつつ、アングリマーラは救われたと教えてくれた姉の短かった一生を思っている。
 どの話にも死の影が静かに射し込んでいて胸をつかれるが、集中最も好きな一編は「リリ」。長生きした亀の話だ。リリの死を察知したとき、「私」は思う。「身体は、意識よりもずっと敏感にこの世界の出来事を察知しているのかしら」と。リリの話に指は直接出てはこないが、ここで言う「身体」を「指」と言い換えてもいいだろう。いつも「洞穴で瞑想する修行者」のように暗い隅にうずくまっていたリリが死ぬ。「その時、初めてリリは、巨大な琥珀色の甲羅から四本の足を伸ばし、全身全霊で私の中心に立ち上がり、周辺に追いやることなど不可能なトーテムとなった」と一編は締めくくられる。
 「指の不思議は人の不思議、いのちの不思議」とあとがきにあるとおり、指は人が人を慈しむために神から授かった大切な道具であると同時に、人が人を殺める道具にもなり得る。
 そして、指は、それらのすべてを包み込んで荘厳するかのように物語を紡ぎ出していく「手仕事」のために存在しているのだ。
大切に心に刻みつけていたはずの宝物のような記憶も、歳月とともに指の間をほろほろと零れ落ちていく。老いるとはそういう日々に直面することでもある。人生の晩年へ足を踏み入れて、おぼろになった自らの記憶への哀惜を込めて「奇跡のような一瞬一瞬」をゆっくりと味わった。

旅・紀行から 2

土井清美 著『途上と目的地――スペイン・サンティアゴ徒歩巡礼路旅の民族誌』(春風社刊)
―『図書新聞』掲載

 「巡礼」という言葉には単なる旅とは異なる、深い響きを感じる。大切な存在を訪ねてひたすら山野をさすらう。もちろん、徒歩である。足裏で大地を感じることは巡礼には欠かせない。道中の苦難こそが大切な存在をより純化するからだ。さすらうこと自体に意味があるのだ。無宗教でありながら、私が小川国夫の『ヨーロッパ古寺巡礼』(一九七六年刊)や高橋たか子の『巡礼地に立つ』(二〇〇四年刊)などを愛読していたのも、そんな思いを重ねていたからだろう。巡礼は人の心の古層に宿る願望のようなものなのかもしれない。
 本書はエルサレム、ローマと並ぶ世界三大聖地の一つ、サンティアゴ・デ・コンポステラを目指してカミーノと呼ばれるパリを起点に五百キロの道を徒歩で歩きつづける巡礼者たちに焦点をあてた「旅の民族誌」である。聖地巡礼をフィールドワークのテーマにする場合、聖性やキリスト教とはなにかといった宗教の問題は避けて通れないのではないかと思ったのだが、著者は「超越的なものを最初から前提とすることを避けたい」とし、巡礼を「旅と宗教的実践の両方を含む意味において用いることにする」と断っている。私はそのことに逆に興味をおぼえた。宗教的動機は聖地巡礼を試みる人々にとって程度の差こそあれ、現在でも決して無視することのできない要素だと思う。しかし、それを研究の前面に出しすぎることで零れ落ちてしまうこともまたあるのに違いない。さらに言えば、宗教とは縁遠い人間でも漂泊への思いにかられることは多々ある。私たちのそんな思いを凝縮した形で実践してくれている人々が今日の巡礼者であると言えるのかもしれない。
 著者はグッツォーニの「住まいつつさすらうこと」という視点を手がかりに、サンティアゴ徒歩巡礼を「途上」という様態として捉えようと試みる。
 「徒歩の旅とは(……)移り変っていく周囲の景色が自分の活動にどのような意味や価値をもつのかよくわからぬまま手探りしながら進むのに似ている。(……)そこで経験される、あたりにある事物の間を縫って行く動きの限定性と未知の世界に開かれている開放性が共存する感覚は(……)野原や坂道などで地平線を目にする際に誰もが経験的に知るところである」と述べる著者は、「土地との直接的で具体的な結びつき」を肉体的な限界を通じて味わうとする人々を対象に、彼らと「展望を共有する」ことを通じて、巡礼の諸相に分け入っていく。「調査対象となる人々の活動リズムをとそれにともなう風景の立ち現われ方を共有する」ために、〇七年~一二年にかけて、巡礼者とともにのべ何百キロも巡礼路を歩き、巡礼者用宿泊施設アルベルゲでボランティアでお世話係も務める。本書はそのフィールドワークの結晶である。
 第1章サンチャゴ巡礼の概要につづいて、第2章から巡礼者たちへのフィールドワークが展開していく。要所要所に巡礼者たちから寄せられた日記が事例として差し入れられているので、旅日記を読むような愉しみもある。
 宗教性をことさら前面に出すことなく展開されている論考ではあるが、読み終えたいま、目的地をいただいて歩きつづける営為、「途上」こそが実はひとつの信仰のありようなのではないかと私には思われる。サンティアゴの大聖堂が多くの巡礼者にとってアンチクライマックスとして現れるのはそのことを物語っているだろう。「住まいつつさすらう」ことの中にもそうした心性は反映しているはずだ。
 最終章で次の文章に出会った。
 「カミーノを歩くことで次々と現れる魅力に光をあてたのは、『遠くなってしまったフィールドへの憧憬』によるものかもしれない。遠いものへの憧れ、すなわちエキゾティシズムは、ある時から政治問題のなかに絡め取られ、近年の人類学的議論においては半ばタブー視される傾向がある。しかし遠いものへの憧れは、フィールドワークに基づく研究が誕生した頃から、フィールドを目指す者とその経験を回想して筆を執る者の双方を常に突き動かす原動力であったのであり、(……)『遠さ』というものが、ものごとを『近づける技術』の論理だけでは捉えきれない生のあり方を考える一つの重要な鍵になると私は考えている」。
 レヴィ・ストロースの時代から時は流れ、旅や徒歩といった日常的な営為にまで文化人類学のフィールドは広がっているのかと驚いたが、「遠いものへの憧れ」が若い著者の原動力でもあると知ってうれしかった。そして山椒大夫に出てくる安寿と厨子王の苦難の旅から四国八十八か所のお遍路さん、伊勢詣や富士講など、日本の巡礼についても思いは広がっていった。

物語のなかへ21

ヨナス・ヨナソン 著・中村久里子 訳『国を救った数学少女』(西村書店刊)
―「図書新聞」掲載

 五〇〇頁近い大長編だが、舞台の時空が一九七〇年代から三〇年間の世界情勢とダイナミックにリンクして最後まで一気に読み通さずにはいられない不思議な魅力に満ちている。
著者のヨナス・ヨナソン氏はスウェーデンの作家で、テレビ、新聞などのメディアで長く仕事をしてのち作家に転身、前著『窓から逃げた百歳老人』は世界中で百万部も売れた大ベストセラーだという。本書はそんな著者待望の第二作である。
本書の魅力のひとつは、南アフリカ共和国の貧民街に生まれながら、数学にたけた能力を駆使して人生を賢く冷静に切り開いていく主人公の女の子、ノンベコである。そしてもうひとつは、ノンベコに絡んでくる人々が、一九七〇年代から八〇年代の南アフリカ共和国を軸にスウェーデン、中国、イスラエルの政治に深くかかわっている人物たちであることだろう。楽しんで笑っているうちに、実はいま自分が生きている世界が、とるに足らない人間たちの浅慮によって構築された儚い砂上の楼閣であること、そして自分たちがノンベコのような果敢さをどこかに置き忘れて生きていることに気づかされる。
 物語は一九七〇年代のヨハネスブルグ近郊の下層民居住地区ソウェトから始まる。狂言回しに使われるのは、なんと原子爆弾である。それを言わば大人のおもちゃのように見做して、ラグビーボールさながらのパス回しで物語をグイグイ引っ張っていく。
黒人の少女ノンベコは、貧民街のし尿処理場で働いている。勇敢で頭がよくて、とくに数学に天才的な才能を発揮し、語学力にもすぐれている。権力を振り回す役人たちが、実は中身がカラッポで無能であることにあきれつつ、15歳にして所長としての仕事を切り盛りしている。そして、貧民街で出会った「変人タボ」から字を学び、彼が所有している本を読みあさるようになる。週に1度はラジオで「アフリカの展望」を聞きながら、ソウェトの外の世界に思いをはせる。この蓄積が彼女の人生を大きく変えていくことになる。
当時の南アフリカ共和国では、九〇年代までつづくアパルトヘイト政策が強烈に進められていた。支配層の白人は全人口の数%である。役人にたてついて仕事を失ったノンベコは首都プレトリアの国立図書館を目指す。
 「そこはたしか、黒人立ち入り禁止地区ではないはずだ。少し運がよければ、中に入れるだろう。入って何をするか、本の香りをかいで眺めを楽しむ以外のことは思いつかなかった。でも、それが始まりになる。文学はきっと自分を前に進ませてくれる」と彼女は確信していたのだが……。
 図書館を目指したはずのノンベコは原子力研究所に幽閉されるはめになる。当時のフォルスター大統領が実名で登場し、研究所に六発の原子爆弾を一刻も早くつくるようにと矢の催促をしてくる。これは物語上のフィクションかと思っていたのだが、気になって調べたら事実だった。七〇年代から八〇年代にかけて、南アフリカではまさに六発の核兵器がひそかに製造・配備され、その後廃棄されたことが九三年に明らかにされている。著者はこの事実があったからこそ、原子爆弾を狂言回しに据えて物語を紡いでいったのだろう。
 物語では中国の要人やイスラエルの諜報部員がこの研究所を訪れ、所長の秘書的な役目を引き受けているノンベコと接触する。舞台がスウェーデンに移ってからも彼らは重要な役目を果たす。アフリカと言えば、ヨーロッパ列強によっていいように国土を細分化され、奴隷として売買され、独立後も血みどろの民族紛争に明け暮れ、エイズやエボラ出血熱に倒れる人々が続出……という後進世界のイメージしか抱いていなかったが、実は当時の核開発競争から無縁でないどころか密接に関係していたことが見えてくる。
 少女の冒険譚がこんな世界の政治状況を手玉にとるものであることが痛快だ。
 核の恐怖が実は幻想と紙一重であること、そして、にもかかわらず核はあちこちの国家の倉庫で眠っていることの滑稽さと恐ろしさ。そしてこの事態を切り開いていくことができるのはたった一人の果敢な女の子の叡智かもしれないとしたら、ちょっとは世界を見直したくもなるのだが。
 あとは物語に分け入っていただくしかない。

〈本〉の彼方 10

ソーントン不破直子・著『鎌倉三猫物語』(春風社刊)  
牧野直樹・著『しょんぼり顔のモフモフ猫 ふーちゃんやけども』(左右社刊)
松井道男・著『外ネコ家族にオキテあり』(第三書館刊)
―「図書新聞」掲載

 取り上げる三冊の本の主人公はいずれも猫であるが、著者たちの猫へのアプローチはそれぞれまったく異なる。そしてどのルートを辿っても、読後は猫たちと出会い直したような思いでいっぱいになる。猫と暮らしている人もいない人も、猫がますます好きになる。
 『鎌倉三猫物語』は、鎌倉山に住む学者夫妻(いまは二人とも名誉教授)のもとにやってきた三匹の猫が、『吾輩は猫である』の吾輩のように、自らが語り手となってつづっていく鎌倉山の日々の物語である。
 初代の小町は、お友達の英文学者夫婦のお宅からもらわれてきた由緒正しい真っ白な美猫。自分のことは「わたし」、夫妻のことは「奥様、旦那様」と丁寧きわまりない。
 小町姉ちゃんのあとにやって来たのは、夫妻の長男が教鞭をとる縦国(たてこく)大で拾われたタマ吉、通称タマ。気さくな性格だから、「おいら」と「母ちゃん、父ちゃん」がよく似合う。もう一匹のみなみも縦国大キャンパス出身。構内でひき逃げされ死にかけていたところを縁あって、長男宅のマンション暮らしを経て鎌倉山へ。末っ子の甘えん坊には「あたし」と「お母さん、お父さん」がぴったり。
 小町はすごいハンターだ。大きなコジュケイだって捕まえて、見せにくる。そしてほめてもらったら、嘴を残してあとはすっかり食べてしまう。その一部始終がかなりリアルに描かれているが、たぶん小町本人が自分の口で語るからだろう、猫が生きるってそういうことだよなと自然に腑に落ちてくる。
 みなみは小鳥を生け捕りにすることはできないが、がんばってメジロの死骸をお母さんのもとに咥えてくる。夫妻はみなみのふるまいをいとおしく思ういっぽうで、死骸を見ながら、小鳥もリスやタヌキも、きっと山の中のどこかでひとりで死んでいるんだなと思いをはせる。猫たちとの暮しが自然に生き物の生き死にへと思いを向かわせるのだ。ご近所の犬や猫、小鳥やカラス、ハクビシンやもぐらや蛇……たっぷりの自然に囲まれた鎌倉山の猫たちの暮らしが羨ましくなってしまった。
 英文学者のお母さんが猫たちの行動を見て「リチュアル」と分析するところが面白い。お母さんに言わせれば「人間も動物もリチュアルな動物」なのだそうだ。「リチュアル」は辞書を引くと「儀式」と出て来るが、それは精一杯生きるということなのかもしれないと思った。しんぼうさん(南伸坊)の絵が物語に温かみを添えている。
 『外ネコ家族にオキテあり』は、著者の十一年間にわたる「外ネコ」たちとの交流の記録である。「どんな小さな生き物の歩みでも生命あるものの歩みは地球のかけがえのない歴史である。そうした意味で人間にほとんど関心をもたれない、いやどちらかといえば人間社会からは迷惑がられる場合が多い外ネコ家族の写真付き観察記録は大いに価値があるといえると思う」と著者は記す。室内飼いが一般的となった現在の猫との暮しからはなかなかうかがい知ることのできない、猫たちのサバイバル人生(猫生?)が展開していく。たっぷり収められた子猫たちの写真にも見入ってしまった。めったに家の中に入ってこない外ネコたちの写真の多くは、ガラス越しで切ない。が、そうしか生きられない猫たちである以上、それこそ寝食を投げ打って外ネコたちに寄り添ってきた著者に拍手を送りたい気持ちでいっぱいになった。
 著者はその後仕事の都合で関西に居を移し、いまは週一回は外ネコたちにエサをあげるために東京の家に戻る生活をしている。「これが私の今の人生の大きな任務であり楽しみだからだ」と著者は最後に語っている。外ネコ家族との記録は、そのまま著者の人生の記録にもなっていて、ユニークな著者の生き方の一端にも触れることができる。
 『しょんぼり顔のモフモフ猫ふーちゃんやけども』は、心なごむ写真集だ。ふーちゃんは迷子猫だったらしい。「たまたま出会った僕たち夫婦を頼ってくれた。ふしぎに人懐こい猫。色々あって家族になって、twitterに日々の暮らしぶりを載せていたら、それが写真集になってしまいました」とあるが、しょんぼり顔が何とも言えずチャーミングで、人気者になったのもうなずける。お見送りのビミョーな顔、帰宅したときのうれし顔、なで待ち顔、ジト目……ふーちゃん、愛されているんだねと思わず声をかけたくなった。
 「もうお出かけせえへんやろ? おれとおうちにおるんやな? な?」とか「どこ行ってたんや~! 知らんと寝てもうたやんか~!!」などなど、写真に添えられたキャプションも楽しい。「気が付けばふーちゃんと出会ってもう一年半です。最初はお客さんだったふーちゃんが、今は僕たちの帰りを毎日お出迎えしてくれる、楽しみに待っててくれる大切な家族になりました」とあるが、本当に猫は家族の一員だと思う。
 猫と暮らす一人として、もっとじっくり猫と付き合わないと一日一日がもったいないとつくづく思わせられた三冊だった。

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プロフィール

梶葉子

Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
みえない世界を垣間見させ
そこに吹く風や漂う香りを感じさせてくれる
書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

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