2006-07

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〈こども〉のなかへ 1

伊藤文人・作文 やたみほ・ニット絵
『さかさもさかさ』・評(出窓社)
―「図書新聞」掲載

 こんな世界があったんだ。思わず吹き出してしまう楽しい絵本だ。
 著者の伊藤文人さんは、トリックアートの世界では知る人ぞ知る存在で、「日本のエッシャー」と呼ばれているそうだ。なるほど、「月夜に夢見るふくろう」をひっくりかえすと「丸太を背負った牛のおじさん」になってしまうのだから、一瞬、唖然。そして次の瞬間、「どうして牛が丸太を背負ってるの」って笑ってしまう。
 その絵がまた心和む。毛糸で編んだニット絵なのである。出てくる動物やおじさんたちが、なんともユーモラスなのは、このニットの編地のぬくもりのせいにちがいない。ニット絵を担当しているのはやたみほさんという若いアニメーション作家だ。絵を編みこんだニットのセーターは見たことがあるけれど、こちらは棒針編みあり、かぎ針編みあり、アップリケあり……さながらニットのコラージュである。
 さかさ絵のアイディアは伊藤さんが出すのだろうが、きっとやたさんもニットで表現するのがとても楽しかったに違いない。どの絵からも楽しさばかりが伝わってくる。
 私たちがだまし絵やさかさ絵に惹かれるのは、きっと、日常の視覚世界に息苦しさを感じているからなんだろう。四角いものは四角いままに、丸いりんごは丸くしか見えない日々を送っているある日、平面の額縁から少女が飛び出してきたり、手にとって触れられそうな果物が描かれていたりするとびっくりする。人間の視覚ってだまされやすいんだなあと思うとともに、ある枷をはずしてもらったようなうれしさも残る。だから心惹かれる。
 無数の点をじっと見つめていると、ある瞬間に、ぐっと立体的な事物が浮かび上がってくる絵ばかりを集めた本も人気である。これだって、ふっと目のピントをゆるませることで異世界をのぞきこむ体験が新鮮なのだと思う。
 同じ絵でも人によって全然違ったものに見える不思議さは、ロールシャッハテストで精神分析にも使われる。見るという行為は、なかなか奥深いのだ。
「さかさもさかさ」は、そんな視覚の不思議さを温かいユーモアでくるんで表現した絵本である。私たちはただ逆さにして、「なんで水に膝まで入った猫が、パンを加えた馬になるの?」って、その奇想天外さに笑い転げればいいのだ。さかさにすれば誰だってもう一つの絵に出会えるはずだ。よほど頭が固い人でないかぎり。
 1枚のさかさ絵に2つのお話がついている。それぞれ英訳つき。親子で家族で、1冊で何度も楽しめる。
 
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病理という世界へ 1

綿森淑子監修 土本亜理子著
『純粋失読―書けるのに読めない』・評(三輪書店)
―「図書新聞」掲載

 本書を読みながら、以前にテレビで見て、非常にショックを受けたドキュメンタリーを思い出していた。
 その人はたった今のことすら記憶にとどめておくことができないのだった。たった今話したこと、感じたこと、考えたことが一切蓄積されずに霧散してしまう。その人の悲しみ、衝撃は深いが、その感情すら、とどまることがない。その様子を見つめながら、つくづく人間という存在は「記憶」の集積なのだと思った。そして、脳の不思議さを思った。
「現代とは、要するに脳の時代である。情報化社会とはすなわち、社会がほとんど脳そのものになったことを意味している。脳は、典型的な情報器官だからである」「現代人はいわば脳の中に住む」「現代人は、脳の中に住むという意味で、いわば御伽噺の世界に住んでいるといっていい」……養老さんの『唯脳論』の〈はじめに〉の一節である。「脳」は肉体の臓器のひとつに過ぎないのに、ある意味では、宇宙も社会も歴史も、すべて人間の脳の描く蜃気楼のようなものかもしれないのだ。
 右脳と左脳の働きのちがい、ボケをめぐる前頭葉や海馬の働き、身体機能のあらゆる部位と連動している脳の働きの精緻さ。脳と心、脳と記憶……どんなに高度なコンピュータでも絶対に再現できないその仕組みの不思議さを、本書は「純粋失読」という思いがけない障害の存在として突きつけてきたのだった。
 本書を読むまで、まったく知らなかった。「字は書ける。それなのに読めない」――そんなことがあり得るのだろうか。失語症であればわかる。脳卒中などで言葉が出なくなったり、話が上手にできなくなったりする人たちは親戚や知人にも何人かいた。ところが、「読む」ことだけができなくなるのだという。
 著者自身も、言語聴覚士(ST)で広島県立保健福祉大学教授の綿森淑子氏との出会いがなければ、「純粋失読」の存在を知ることはなかったという。「そうした障害があること自体が驚きであり、正直にいってしまえば、怖ろしいという気持ちさえ抱いた。それとともに、『書けるのに読めない』という障害をもたらす脳の不思議さにもとらわれた」(あとがき)。私も本好きでは人後に落ちないと思う。もし、そこに字があって見えているのになんと書いてあるか、急にわからなくなってしまったら、どうなるだろうか。
 意外なことに、「純粋失読」の存在は十九世紀の終わり頃には明らかにされていたらしい。「純粋失読」という名前にどこか文学的な印象を抱いたのだったが、読み書きが同じようにできない障害に対して、「読むことだけが純粋にできない」ということをあらわしているのだそうだ。
 書けるのに読めない。第1章では、そんな状況に投げ込まれながら夫婦で意欲的なリハビリに取り組む岡田さん夫妻の5年間が紹介されている。ご主人の失読に次々とリハビリのアイディアを講じていく奥さんの対応がすばらしい。つづく第2章では「純粋失読」の学術的な研究の現状が紹介される。書けるのに読めないとはどういうことか。岩田誠教授によれば、読むということは「右脳で視覚的にとらえた記号を左脳で言語に変えること」だが、脳出血などによる病変のために「視覚情報を左脳に送り込む経路そのものが、途絶えてしまっている状態」らしい。でも、左脳が侵されているわけではないから、しゃべることも書くこともできるのだという。 
 脳、おそるべし。
 しかし、脳ほど症状やそれに伴うリハビリの方法が個別性によって変わってくる部位もないだろうと思う。「純粋失読」という脳障害の困難さと回復への大変な道のり、また、身体の障害とちがって、一見正常に見えるためにこうむる様々な不利益は、そのまま最終章の「高次脳機能障害をもつ人たちの社会的状況」へとつながっていく。
 高次脳機能障害が身体障害福祉法の対象とされていないということを知るに及んで、またしても同じ構図かという思いを禁じえなかった。現行法にとらわれない実情に即した認定制度をという家族たちの声に国はこたえる責任がある。

〈本〉の彼方 1

桜井秀勲著
『イロハからわかる編集者入門』・評(編書房)
―「図書新聞」掲載

 タイトルはいかにも入門者向けだが、実は「編集者になるなら編集長を目指せ」という熱いメッセージで貫かれている。出版界は冬の時代といわれる。だからこそ、「新しいものを世に出す執念」「いま自分の心の中に燃えたぎっている“時代”というものをいかに形にして多くの人に読んでもらうか」という思いがなければ、出版界は滅びていくだけだと著者はいう。また、それだけやりがいのある仕事なのだとも。
 編集者になったら〈私が編集長だったらいまの雑誌をどうする?〉と言う観点から空想を逞しくしていくことだと語る著者、櫻井秀勲は、光文社の『女性自身』の3代目編集長を経て、祥伝社を創立、『微笑』を創刊した知る人ぞ知る名編集長である。著者が偉大な出版界の先輩たちと「拈華迦葉微笑」を地で行くような出会いを重ねながら、女性誌づくりの名人といわれるようになったのは、まさにこの著者の志の高さゆえであろう。
 これから編集者を志す人は、「編集長になってやる」――そんな志を高く掲げて、この本を読もう。小手先のノウハウではない、編集者の王道について知ることができる。
 実際に編集の現場で働いている人もぜひ読むべきだ。この本を読むことで初心に帰ることができる。いま、編集者に求められているものは大きく様変わりしている。よき先輩にめぐり合って、すばらしい手ほどきを受けながら成長していく僥倖に恵まれれば幸いだが、実際は、忙しさのあまり、ただルーティンワークとして仕事をこなしているだけということも多いのではないだろうか。「編集者ってなんだろう」と自分の日々の仕事を見直すことは大事である。 
 本書の中でも圧巻なのが、著者の文章術を凝縮した「生きた文章――私の文章十則」である。編集者に求められるものは「文章力」「企画力」「取材力」であると著者はいう。そのうちの「文章力」について述べたものだが、どの項目も、送り手として常に読者を意識してきた編集者ならではの、言葉の生理に熟知した眼差しを感じさせる。「1、できるだけ表現をやさしくする。2、文章の長さに気をつける。3、文章は動きからはじめる。……」とつづく最後は「10、教訓調は絶対書かない」。いずれも肝に銘じておきたいことばかりだ。
 全編にどうしても書きとめておきたいと思わずにはいられない名言がちりばめられている。
 「愚かな編集者ほど雑誌の程度を高くしたがる」「雨の日風の日訪問びより」「真似することをおそれるな」「編集者は編数者」……
 実際に仕事をしてみれば、一見平易に見えるこうした言葉の数々が、いかに重要なことを語っているかにすぐ気がつくだろう。読み進むにつれて桜井編集長の下で手ほどきを受けているような気持ちになってくる。そして、その背後に歴代の名編集者たちの存在がまざまざと感じられてくる。連綿と伝えられていくであろう「編集者魂」とは「新しいものを世に出す執念」なのだということがわかってくる。

〈信〉ということ 2

ヘンリ・M・J・ナウウェン著 宮沢邦子訳
『いのちのしるし―心の奥の愛の声』・評(女子パウロ会)
―「図書新聞」掲載

 著者のナウウェン神父には50冊以上の著作があり、邦訳も多いということだが、今年、『最後の日記』(本紙6月8日号に書評掲載)につづいて邦訳されたのがこの二著である。
 これらに接するまでは、私にとってキリスト教といえば、高橋たか子の著作を通じて垣間見た世界がすべてであったといえる。ジイドやモーリヤック、ジュリアン・グリーン、遠藤周作、大原富枝などのキリスト教作家の小説作品も彼女の存在がなければ、手にすることはなかっただろう。
 高橋たか子への関心は、「内部の海」への飽くなき遡及、その道筋への共感としてやってきた。一時、彼女が小説家であることをやめ、「これからの自分の著作は霊的著作である」と記したとき、「霊的」ということの真の意味を知りたいと切実に思ったものだ。 
 キリスト者でない私にとって、それは到底理解できない世界であるいっぽうで、宗教というジャンルを必要としない無辺の世界の中で魂が自ずから感じとらざるを得ないある「存在」への関心をかきたてる。
 私はなぜこの星のこの国に生れ落ちたのか。私はどこから来てどこにいくのか。その道筋は何につながっているのか。人との出会いや別れには偶然以上のどんな意味があるのか……人間の脳が見せる幻影であるに過ぎないとしても、私たちの遺伝子に刻み込まれた生命の記録が、黙示録のようにそれぞれのいのちの小部屋に置かれていることがふとざわめきのように心をよぎり、胸をつかれる瞬間があるにちがいない。生まれて死んでいくことの不思議は、数々の出会いと別れを重ねていく中で、ますます解き明かされない謎として、日常の裏側にぴったりとはりついてはがれない。
 こうした思いは、ある特定の宗教を信じるか信じないかということとはあまり関係がないはずだと思いながら読み進めた。
 86年に書かれた『いのちのしるし』は、著者が大学の教壇を去ってカナダのトロントにある「ラルシュ(箱船の意)」という知的障害をもつ人々の共同体に滞在しているときに書かれた。副題の「キリスト者の視点から見た親しさ、豊かさ、喜悦」が示すとおり、そこでの日々においてより豊かに深められた霊的生活からのメッセージである。
 キリスト者の言葉で語れば、人間関係の亀裂、貧困や暴力、権力支配、戦争といったもろもろに翻弄される私たちの現実が「恐れの家」の生活である。それに対峙されるのが「愛の家」。イエスにつながることで得られる親しさ、豊かさ、喜悦に満ちた生活である。「愛の家の親しさは、つねに弱い者との連帯に導く。無条件の愛でわたしたちを愛してくださる一人のかたの心に近しくなればなるだけ、あがなわれた人類の連帯のなかでお互い同士が親しくなっていくのである。」(56頁)「神の方法は弱さの方法である。福音の大きな知らせは、神が傷つきやすいものになったということである。そして、わたしたちの間で、実を結ぶものとなったことである」(76頁)……こうした記述に明らかなように、「弱者としての人間」を自覚し直視することで神に向かい合うことが一貫して説かれる。宗教をもっとも近く、そしてもっとも遠く感じるのがこの地点であろう。いずれにしてもキリスト教=宗教の存在することの本質がここでは語られている。
 いっぽう、『心の奥の愛の声』は87年12月?88年6月に記されたもので「精神的危機の中で一種の自己治療のために書きとめた内面の日記のようなものらしい」(訳者あとがき)。
 この時期、著者は「自分の信仰を虚しく感じ、(略)神に棄てられたと感じていた」「ようやく見つけた家の床が抜けたような気持ちだった」。これらのすべては「ある友情がとつぜん断ち切られたのが引き金となって起こったのだった」という。ラルシュに滞在して親しさ、豊かさ、喜悦について、喜びをもって記した著者が、一転してみせる懊悩の姿は、私にはむしろ好ましいものとして映った。
 これらの書物は癒しのための処方箋というよりも、キリスト者として主体的に生きている人の内面世界をたどることで、宗教とは無縁に生きている私に「宗教とは何か」「信仰とは何か」を突きつけているように思われた。

〈信〉ということ 1

ジェラルド・L・シッツァ?著 朝倉秀之訳
『愛する人を失うとき―暗闇からの生還』・評(教文館)
―「図書新聞」掲載

 生きているかぎり、あらゆる喪失が私たちを襲う。家族の死、離婚、病、失業……喪失を契機に世界が一変する。たとえ少しずつ元気になったように思えたとしても、もう前のようには生きられないことに気づいて愕然とする。「喪失からの回復」はありうるのか。
 アメリカの大学で宗教学と哲学を教えている著者は、三年前に交通事故で一度に母、妻、娘の三人を失った。本書はその苛酷な体験に基づいている。ここ数年、喪失をテーマにした著書がさまざまに出版されているが、本書の特長は、「喪失からの回復」の根幹に、著者の信ずるキリスト教の「神」がおかれていることだろう。著者はこの突然の喪失の前に打ちのめされながら神の存在を問い直し、やがてもっと深く神に出会う。私たちは本書を通して「神とは何か」「信仰とは何か」という問いの前に改めて立たされていることに気づく。
 十五章からなる本書は、著者の経験を下敷きに「もっとも大切なものを失ったとき、人はどう生きていけばいのか」「再び生の喜びを感じ取ることはできるのか」「できるとしたら、それはどういうプロセスを経て可能になりうるのか」という核心に、一枚一枚薄紙をはがすように周到に迫っていく。
 暗闇こそが光の存在を際立たせる。喪失の悲しみから逃げ出さず深い悲しみとともに生きることを通じて初めて魂は覚醒する。深い悲しみは「私たちに人生それ自体の不思議さに気づかせ、回りの世界に対する鋭い認識を与え、私たちに迫ってくる一瞬一瞬を心から感謝するようにさせる」(82頁)。この一瞬一瞬こそ「永遠の今」と呼ばれる「恵みの贈り物」である。「いくら苦痛に満ちているとしても、この時は、私たちが生き生きと神を知ることになる唯一の時」であることに、事故後三年という長い「暗闇」を経て、著者は初めて思い至る。
 「喪失によって、破壊される人は多い」(110頁)と著者は記す。喪失に苦しみ、復讐や自己憐憫にのたうちまわる苦闘の期間が過ぎたら、「こうした自暴自棄の感情にこのまま我が身をまかせるかどうかを決めなければならない」(113頁)。そこで、著者は、「選び」と「恵み」の二つのキーワードを提示する。私たちが神から受ける「恵み」はあらゆる瞬間瞬間にあるが、それを受けるためには私たちが自分の意志で行う「選び」が必要なのだ。「選び」は「信」といってもいいだろう。喪失によって人ははじめて「恵み」に気づき、「選び」の重要さを知る。
 「喪失したからといって、私たちは孤立して一人ぼっちだと感じる必要はない。喪失は私たちが一人で直面しなければならないただ一つの体験ではあるけれど、それはまた、私たちを共同体へと導くことのできる共通の体験である。喪失は破れの共同体を作り出すことができる。私たちは一人で喪失という暗闇に入らなければならないが、一度そこに入れば、私たちは一緒に人生を分かち合うことのできる他者を見出すことになる」(199頁)。  
 信仰をもたない私(たち)は、喪失に直面したとき自力で価値観の転換をはかり、喪失後の人生に再び参加して行かなくてならない。しかしもしその暗闇から生還できるとしたら、そのとき私たちもまた私たちなりの仕方で「神」に出会っているのかもしれないと思う。本書を読み終えた今、「神」は魂の救済という場所においては誰にとっても普遍的な存在であり、「信仰」は自然な魂の活動であるといえるような気がしてならないのだ。喪失に直面したとき、著者のような信仰をもっていなくても、私たちの生そのものが「神」とでも名づけたいある意志的存在のはからいであるという思いが誰にも去来するだろう。
 しかしそれにしても、と思う。彼らには「この地上のものを包む別のもっと大きな現実がある」のだ。死んだものたちは天国にいて「神の現臨の中に生きており、私が切に入りたいと願う現実の中に生きており、しかも、神の至福の時の中に生きている」(228頁)。
 死者たちが神と共に暮らすこうした「永遠の王国」を魂の基盤に据えて生きる人々の前に私はたたずむのみである。

物語のなかへ 4

ケティ・ガードナー著 田中典子訳
『河辺の詩―バングラデシュ農村の女性と暮らし』・評(風響社)
―「図書新聞」掲載

 イギリスの若い人類学者が、バングラディシュの農村で八十七年九月から十五ヶ月間にわたっておこなったフィールド調査をまとめたものである。バングラディシュといえば、世界最大のデルタ地帯、洪水と貧困……そんな漠然とした印象しか抱いていなかったが、本書の独特の語り口が描き出す生き生きとしたベンガルの世界にたちまち引きずり込まれてしまった。 
 知をたずさえた人々がフィールド調査と称して地域に入り込んでいくときの「不平等感」は、「力の弱い『南』の社会出身の人々を対象に研究する『北』の人類学者」に必ずつきまとう問題だと著者は述べる。そして、こうもいう。「しかし、これを強調しすぎてもいけない。(略)この問題の解決策の一つは、『自分自身』の社会を研究することだ」 
 研究者が村人たちを一方的に観察するのではなく、異世界に投げ込まれた著者自身の動揺や困惑、そしてそれが次第に変化していく様子が率直に描かれているところが本書の特長だろう。著者が取った方法――すなわち「自分自身の物語」と「自分自身が描写する人々の物語」を織り交ぜていく方法は、村の人々をくっきりと浮かび上がらせていく。結婚、災難、病、死といった人が誰しも逢着する場面を、雨季と乾季という壮大な自然の変化と巧みにリンクさせることで、人々の自然やイスラム教とのかかわり方を次第に明らかにしていく手法は見事である。 
 本書を「河辺の詩」と名づけた著者の意図するとおり、日々の暮らしは祈りと唄に彩られて、貧しくとも豊かで美しい。現に生きている人々の暮らしを調査するということは、そもそも、こうした日々の暮らしの滴りを大切に受け止めることに他ならないだろう。
 バングラディシュの北東部、シレットから3時間ほど離れた、タルクプルと呼ばれる村がその舞台である(村の名や人名は著者の意図で仮称とされている)。雨季の真っ只中の九月、著者は、水をたたえた川とも水田とも判別のつかない中をボートで村に到着する。
 「農村の女性と暮らし」という副題のとおり、物語の中心は、村の女性たちだ。
 著者の滞在したバリと呼ばれる屋敷には二世帯、二十五人ほどが暮らしている。バリにはイトコ、甥、姪、オジ、オバたちが始終出入りして、いつもにぎやかだ。男たちが畑に出ている間、女たちは中庭にしゃがんでジュートを剥きながらおしゃべりに興じ、洗濯をし、料理をする。出歩くときはブルカをかぶって顔を隠し、全身をサリーでしっかりおおう。ショロム(恥)とポルダ(隠れること、隔離)は女性であることの自然な状態の一部なのだ。著者は困惑しながら、たずねる。「もっと、自由が欲しくない?」答えは「ノー」すべてはアッラーの神の御心のまま、貧しさも悲しみもアッラーの思し召しなのだ。
 ルキア、アンビア、クディ・ビビ、シェリ、ホスナ、バネッサ、そして著者がもっとも親しく語り合ったシュフィア……名前を挙げていくだけで、眼前に彼女たちの姿が浮かび上がってくる。彼女たちの唄やおしゃべりが聞こえてくる。
 いつしか美しい村の水辺に立って、イスラム世界というより、なつかしい「アジア」を呼吸していることに気づかせられる。

物語のなかへ 3

国立歴史民俗博物館 編
『装いの民俗誌』・評(慶友社)
―「図書新聞」掲載

 『装いの民俗誌』というタイトルに興味をそそられた。
 装うことで他者や外界がくっきりと立ち現れ、装った自身も新たな自己と対峙するとでもいったような「装い」の根源的な意味性や、柳田國男が『木綿以前のこと』でたどった木綿と麻の交替劇など想起することすらない現在だが、「装い」と言う言葉は、暑さ寒さから身を守る実用としての衣類というだけではない、精神的な領域を感じさせる。
 ファッションの多様化といった諸相にとりまぎれて私たちの衣の歴史はほとんど顧みられず、和服だけが民俗衣裳としての象徴性を付与されている現在を思うとき、衣の歴史や衣を取りまく暮しをじっくり眺めわたしてみることは重要な意味を持つと思われる。
 本書は、平成十年の夏に国立歴史民俗博物館において展示された「布のちから・布のわざ」に連動して開催された第23回歴博フォーラム「衣のフォークロア」から発展した考察を取り上げてまとめた論考集である。
 「はじめに」において、その重要性が次のように語られている。
 「『衣のすがた』には着る者の自己認識や自己表現が深く刻みつけられており、意識的であれ無意識的であれ、社会的な同化や異化が込められているものです。また、人は「衣」を着分けて人生の節目を示し、『ハレ』や『ケ』を表象することに利用し、季節の移ろいを『衣替え』によって表現する、あるいは性差や年齢さを明快に(あるいは微妙に)示すなどといった、民俗的な諸機能が付与されているものでもあります。そこには暑さ寒さをしのぐという、単なる物理的な観点からだけでは理解し得ない人間的な要素がたくさん含まれているといえます。」
 以下の三つの章において「衣」の諸相が考察される。
 第一章は「衣の歴史」として、「着る飾る」の流れを大きく概観する「着る飾るの過去・現在・未来」(佐原眞)が掲載されている。男装と女装、祈りの飾りと力の飾り、和装から洋装への変化と女性の社会的存在の変遷など、多くの興味深い研究も合わせて紹介されている。
 第二章は「化粧と死装束」。「死に装束を用意するということ」(大原 子)は、死装束を生前にデザインして用意することを提案して、死を生の側に主体的に引き寄せようとすることの意味を語る。続く「死者の衣服のフォークロア」(中村ひろ子)も、人はいつ死者となるのかを、死装束の考察を通じて丁寧にたどる力作である。誕生して人となることも、死んで死者となることも、衣服の着替えによって人々に認知されること、そこには着替えに要する一定の時間が必要であることなどは、脳死判定の問題と通底するものでもあるだろう。
 死者の着物は左前に合わせる、帯は立て結び、足袋や草履は左右反対などの葬送儀礼から、「衣服からはこの世とは反転した、あるいは逆転した世界としてのあの世が見える。この反転した世界は短に日常と異なる世界というだけではない。あの世はこの世の日常に対する鏡に映る日常であり、実に対する虚としてイメージされたのではなかろうか。」 と述べている点も興味深い。
 死者の死装束は奪衣婆によって三途の川で奪われるが、それは生まれてくる赤子のエナギ(お七夜まで赤子をくるむもの)になるという。「魂の再生」が死装束やエナギを通してー生と死をつなぐ衣服を通して語られることで、人々の思いが見えてくるようだ。
 現在の私たちの死装束は、葬儀屋の用意する既製品である。「魂の再生の物語」が入りこむ余地はどこにもない。
 第三章は「技と伝承」。丹後の藤織りや、佐渡の裂き織りなど丹念なフィールドワークや保存活動が報告されている。織りを担ってきた年老いた女性たちの写真が掲載されているが、その豊かな表情は、物を作ることの困難さとその困難さを通してしか手にできない愉びが、生活そのものであった人々の暮しを伝えてあまりある。
 柳田が自らの民俗学の根底に女性という視点を据えていたことの意味をいまさらのように考えさせられる一冊でもある。 

物語のなかへ 2

吉田弥生著
『江戸歌舞伎の残照』・評(文芸社)
―「図書新聞」掲載

 歌舞伎の3大作者は、近松門左衛門、鶴屋南北、そして河竹黙阿弥(1816?1893)といわれる。本書は江戸末期から明治にかけて活躍した黙阿弥に焦点を当てつつ、江戸歌舞伎と現代歌舞伎の架橋をはかろうとする労作である。著者の学位論文の部分的公刊でもある。
 歌舞伎のルーツは出雲のお国の「かぶき踊り」といわれるが、さらにもとをたどれば流離の芸能者や宗教者たちが持ち運んだ踊りやうたであり、それが権力支配の及ばない河原に小屋がけして演じられるようになった時代にまで行き着くだろう。そうした長い時間性の中でじっくりと醸成された芸能のパワーが一気に爆発したのが歌舞伎だったのではないだろうか。
 歌舞伎は能や狂言、落語や講談、読み本など様々なジャンルを取り込んだ壮絶な坩堝と化して荒唐無稽ともいえる演劇空間を現出させた。時代のモラルや価値観の深部にぐいぐいと食い込んで、記憶の底に鎮めたはずの野生的な情念までも噴出させてしまう歌舞伎は「江戸」という時代の重層性そのものなのかもしれない。
 ところで著者はいま演じられている歌舞伎は「記憶と記録と幻想によって創造された江戸歌舞伎なのだ」という。あとがきによれば著者が初めて歌舞伎をみたのは四歳のときだったそうだ。芝居好きな母に連れられて宿題などそっちのけで芝居見物に出かけたそうだが、その母に芸事を仕込んだのは祖父母だったという。歌舞伎役者たちが世襲制によって代々芸を継承していくように、歌舞伎ファンが親子孫と代々引き継がれていくのというのも「芸」の魅力いや「記憶と記録と幻想」の力というものだろうか。
 「かつて歌舞伎は、<生む>力に満ち満ちていた。その生みの力に満ちた歌舞伎こそが江戸歌舞伎だった」が、「歌舞伎はしだいに生産能力を弱めはじめる。(中略)四世鶴屋南北の没後(略)しばらくの間新作はあまり生まれず、それに代わって南北作品を中心に旧作をリメイクした作品が上演される」という保守的な傾向が約半世紀にわたってつづき、その傾向に歯どめをかけるように江戸末期にあらわれたのが、河竹黙阿弥だった。
 その意味で、江戸歌舞伎最後の作者、黙阿弥の仕事、残した作品こそが、「確実に日没に向かった」江戸歌舞伎の残照であり、その残照が「記憶と記録と幻想によって創造された江戸歌舞伎として歌舞伎の生命を保ち、現代までその光を届かせている」のだと著者は指摘する。この「残照」という形容に今日の歌舞伎の在り様を見てとることができるかもしれない。 
 坪内逍遥は黙阿弥を「彼は真に江戸演劇の大問屋なり」と称えたそうだ。著者はその「大問屋」たる所以に迫るために、南北をはじめとする歌舞伎作者たち、小団次、団菊など名優たち、小説や話芸との出会いと交流を丹念に探っていく。
 黙阿弥は「時代物」「世話物」「所作事」と3つに大別される歌舞伎の中でも「世話物」、いわば当時の現代劇を得意としたというが、有名な『三人吉三』や『白波五人男』『河内山』など、歌舞伎のファンでなくてもその決めセリフは記憶にしっかりと刻みこまれていることに改めて驚く。黙阿弥の音楽性豊かな七五調のせりふ、因果応報と勧善懲悪と機軸にすえた「因果の闇」「地獄趣味」「市井の悪」といった独特の作劇術による人間描写についての分析を読んでいると、黙阿弥のドラマツルギーが、現代の文学や演劇ばかりでなく、私たちの日常の深部にまで根をおろしていることに慄然とする。
 著者が平成元年から平成十四年までで調べたところ上演されている演目の約3分の1は黙阿弥の作品であるという。「まっとうな伝承がなければ、歌舞伎がついに歌舞伎でなくなってしまう。そうした危機が迫りつつある」と危惧を抱く著者だが、黙阿弥にしても作品の上演率こそ高いもののレパートリーは多いとはいえない。「現代歌舞伎全体的に上演レパートリーの減少について危惧する声が高まってすでに久しいが、これは間違いなくいえることである。現代歌舞伎の上演を支える黙阿弥作品の充実が未来の歌舞伎を支えていく」と本書は結ばれている。
 黙阿弥の作品を現代の若い演出家たちが演出するなど、歌舞伎にたずさわる人々の果敢な試みを改めて注視していきたいと思う。

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プロフィール

Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
みえない世界を垣間見させ
そこに吹く風や漂う香りを感じさせてくれる
書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

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