2007-04

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家族をめぐって 3

青地久恵著
『大工の神様』・評(編集工房ノア)
―「図書新聞」掲載

 記憶の古層に埋もれている父母を掘り起こす作業は、自分と出会い直す旅でもあるだろう。二十年前に亡くなった著者の父は宮大工であった。著者はそのことを手がかりに過去への旅を開始する。
「押入れの棚から反物のように丸められた染みだらけの掛け軸が落ちてきた。くるくると巻かれた細い紐を解き広げて見ると、聖徳太子の立ち姿が描かれている。一瞬にして子どもの頃の正月が甦った」
 父は毎年大晦日の夜にこの掛け軸を取り出して飾り、その下に墨壺を置いた。幼い頃、父から聖徳太子は大工の神様であること、墨壺は大工のいのちであることを教えられた。  
 父は釧路市で大工の神様といわれた宮大工の田島与一郎氏の弟子だった。田島氏は越後の出身で、越後大工はその腕前を全国に知られる存在だったらしい。
 第一部は田島氏が残した日記を手がかりに父、由松氏の大工としての生き様に少しずつ光を当てていく。「二月一日ヨリ 由松弟子ニ取ル」「由松川湯ヘ上ル」……日記のところどころに出てくる父はわずか一行程度にすぎないが、そこから父と暮した日々がくっきりと立ち上がってくる。父ばかりではない。周辺の大工たちや施主たちとの関係が浮かび上がってきて、大工という非定住の職人集団の息づかいまで伝わってくるようだ。著者は法隆寺の宮大工、西岡常一氏らの本を読みながら、大工という職人集団の淵源に触れ、父がその流れを引いていることを誇らしく思う。
 第二部には幼い頃のエピソードがつづられているが、途中まで読んで、「えっ」と立ち止まってしまった。
「昭和十七年、川湯で生まれた私はこの夫婦の養女になった。(略)父四十一歳、母三十八歳であった」
 さらりと記すにとどめたところに著者の意思を感じた。父の仕事の後を辿り、さまざまな人々に会って話を聞きだす熱意、著者たち一家が暮した弟子屈町・川湯温泉の四季、父母との暮らし……抑制の効いた文章が、家族という絆の有り様を根底から問いかけてくる。
「なぜこんなことを覚えているのだろう。
 遥か遠い時間の彼方に消えてしまったはずの無数のできごと。その中から選ばれて、行き続けている事柄もあるのだ。しかしそれは自分で選んだ訳でもなく、意志というものも及ばず、いつ甦るのか、それさえ定かでない。自分の記憶なのになんと不思議なことだろう」
 父の姿が次第に見えてくるのに引き換え、母を辿るよすがはほとんどない。記述は少ないが、それだけにいっそう読者にその存在を印象づける。郷里の親族との連絡を絶ち、最後の肉親である兄が死んだときですら家を離れなかった母……心の中で過去を封印して生きた母とはどんな人だったのだろうか。
「母はだれにも語ることのできない悲しみを抱えて生きてきたのではないか。このことに気づくまでに、なんと多くの年月を要してしまったことだろう」「母が関市(郷里のー引用者注)を訪ねたという記憶もない。父も語らず、聴くこともできなかった。小学生の頃、人には語ることも聞くこともできない秘密のようなもののあることを肌身で知ったのである。仏壇の隅にひっそりと残された小さな写真。裏には母の字で、『昭和九年三月十二日・父上六十九歳でなくなった』と書かれていた」
 心の中に終生、父を住まわせていた母に、現在の自分が重なっていく。
 釧路の高校に通う十五歳の私のために、真冬の朝はやく玄関から五十メートルも先まで除雪して細い道をつける母の姿が、著者の脳裏に焼きついている。
「黒い影絵のようだった母の姿は、父や娘から遠く離れて、私たちの見知らぬどこかへ、道をつけているようにも見えるのだった」
 父も母も、さまざまな断念と自分だけの道を心に抱きつつ日々を生きていたのであろう。
 父母は川湯温泉の見晴らしのいい墓地に静かに眠っている。著者はそこに夫も葬ることになった。三人が眠る墓地に詣でる著者は心からくつろいでいるようだ。
 娘がたどる父と母は、いまたっぷりとした物語を湛えて私たちの前に立っている。それはそのまま、私たちそれぞれの父母の姿に重なっていく。
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プロフィール

Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
みえない世界を垣間見させ
そこに吹く風や漂う香りを感じさせてくれる
書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

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