2007-06

家族をめぐって 4

森さと子著『おこらないで看とりの季節』・評(東京経済)
―「図書新聞」掲載

 五十代も半ばを過ぎると、さまざまな死が周りを取り巻くようになる。肉親の死、友人、知人の死を経験するたびに味わう悲しみや辛さ……その積み重なりが、他人事のように遠くへ押しやっていた自らの死と向き合うことを教えてくれる。生者は、そうやって死を少しずつ自分のそばに手繰り寄せていく。 
 核家族化が進行し、結婚後の親との同居率はめっきり低下した。老いがすすんだとき、病を得たとき、死期が迫ってきたとき、家族頼みはできない。同時にこれまでのような家族の看とりが果たして最善なのかどうかを問われる時代でもある。介護保険制度がしっかりと本来の機能を果たしているとは言えない今日、私たちは家族頼みからアウトソーシングへの過渡期の中で揺れ動いている。
 しかし、本書に描かれたような「友が友の終末期を看とる」というケースは稀ではないだろうか。それだけに、家族にしろ法にしろ、「制度」では担い切れない「看とり」の本質を私たちに突きつけてくる。
 淳子は中学三年以来の著者の「大切な友」である。「人は私たちの仲を『無二の親友』と言う。しかし、私は『親友』という言葉を使わなかった。その言葉はあまりに一般的でしっくりこなかった。(略)私は『大切』という言葉が好きで、この言葉を使うときは、真心を込めて発するようにしている。淳子との間柄を、この言葉で愛情込めて発すると『大切な友』ということになる」
 長い歳月をかけて培ってきた信頼関係という土台があるとはいえ、どちらも五十代半ばに差し掛かっている。著者は子どもたちが巣立って現在は東京で夫との二人暮し。自身は花師として活躍している。淳子は「シングルで一人っ子、両親は高齢で身体に不自由はあるが存命で、親類縁者も皆無ではない。淳子はこれらをふまえて、乳がんの手術はしたものの、再発を察知し、死期を悟り、自分の最期を私に頼みたいと願っている」
 著者は夫に状況を説明しながら、京都の病院にいる淳子を看病しようと決意を固め、仕事を整理する。「今、一番大事なことは、大切な淳子の命を守ること」……そう言い切る著者に、夫は全面協力を約束する。五月の連休明けから、亡くなる八月二日まで、著者は淳子のマンションに住み、両親の世話をしながら毎日病院に通う。淳子が元気なうちに自身の死後のことを決めておいてもらおうと、心を鬼にして遺言を作成させる。医師と面談して抗がん剤の中止や延命措置についても踏み込んで話し合う。さまざまな医療の矛盾を、淳子に替わって受け止めていく。
「無我夢中で進んでいた道のり。苦しみ、あえぎながら泣いている自分がいた。できることしかできないが、できることはすべての力を出し切ってやるというのが私の持論だが、それ以上のことをやらねばならなかったその形相は、醜く歪んでいたかもしれない。〈もうあのときのような自分に、私は二度と出会いたくない…〉」
 「心痛共感」を誓い合っていてもそれが不可能であることを、二人はよく知っていたにちがいない。死ぬ人の気持は、死にゆく本人以外には絶対にわからないのだから。それは友人だけではない。伴侶であっても親子であっても同様である。しかし、だからこそ、最期の局面では、それまでにどんな関係性を築き上げてくることができたか、それがいかにお互いに心底満足し信頼し合えるものであったか、つまりは、その出会いが人生でどれだけかけがえのないものであったか、それだけが結晶のようにお互いの心の中で発光しつづける。それが死出の道を照らす。 
 ときどき登場する著者の夫にも、心からのエールを送りたい。必死の形相で看とりをやり遂げた著者の背後には、常に著者を支える夫の存在があった。著者が心置きなく友の看病に専念できたのは、夫と二人で築いてきた関係性があればこそと推察される。淳子は最期に、著者に夫という存在のかけがえのなさを改めて教えてくれたともいえるだろう。 
 淳子は著者に「怒らないで聞いて」と切り出して「私はあと1ヵ月なんでしょ」と尋ねる。著者はこのとき、自分の不注意で淳子に余命を知られてしまったことを知る。本書のタイトルはそこから取られている。自らの痛恨事をタイトルに選んだところに、著者の万感がこめられているだろう。
 これらのこともすべて含めて、「この経験は、淳子から私への最終のプレゼントだったのかもしれません。私はこの経験を宝物として、生涯忘れることはないでしょう」……著者がこうしたためるまでには三年という歳月が必要だった。
 <看とりの季節>……それは人と人の出会いの不思議とかけがえのなさをかみ締める時空なのだと痛感させられる。
 
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Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
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書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

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