2007-11

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物語のなかへ 10

マルタ・オソリオ著 外村敬子訳
『棒切れ木馬の騎手たち』・評(行路社)
―「図書新聞」掲載

 国家間の戦争や宗教の問題を子ども向けの物語に仕立てるのはむずかしい。複雑な経緯を削ぎ落としてシンプルに再構築し大切なことだけを伝える、そんな児童書の本領があざやかに発揮されているのが本書である。
 舞台は十七世紀のドイツの片田舎、オスナブリュック。当時のドイツはオーストリアやボヘミアなども包括した神聖ローマ帝国で、全土を戦場として三十年戦争と呼ばれるカトリックとプロテスタント間の宗教戦争が繰り広げられていた。
 巻末に添えられた解説で小椰治宣氏は「そのあたりの事情はなかなか複雑で、日本人には理解しにくい点もあります。ところが作者は、第1章『戦争 一六一八年』で―ケプラーやガリレオといった私たちに馴染み深い名前を出しながら―軽いユーモアに少しばかりの辛辣さを加味した筆で、そのあたりをわかりやすく描き出しています」
 そうなのだ。私たちは長い戦争にあえぐオスナブリュックの貧しい織物職人地区の一角にたちまち入り込んでしまう。戦争で荒廃しきったこの地区に数年前から棲みついたマドレ・ベルテという、どこか魔女めいた女性。その女性の小屋へ夜ごと集まってくる地区の貧しい少年少女たち。子どもたちは彼女の手づくりのお湯みたいなスープを飲みながら、おしゃべりに花を咲かせている。気がつくと暖炉の火がちらつく薄暗い床に座り込んで、マドレ・ベルテや子どもたちの話に耳を傾けている自分がいた。  
 マドレ・ベルテに家族はない。戦争で孤児になった女の子、エナと二人暮らし。薬草に詳しく、お産や病気のときに手助けをしてくれる彼女を地区の人々は頼りにしている。
 ある日大聖堂に鐘が鳴りひびき、この町で長い戦争を終結させるための会議が開かれる。しかし、ヨーロッパの各地からやってきた大使たちの話し合いは決着がつかず何年もの歳月がいたずらに過ぎていく。
 物語はマドレ・ベルテの小屋と彼女が薬草を売りに行く広場を舞台に、さまざまな人々を登場させる。パリからやってきた旅の瓦版屋親子、ハンガリー生まれで足を失ったバイオリン弾きの兵士、エステバン、スペインから流れてきた教師、フランシスコ、旅芸人の一座。会議のためにフランスからもスペインからも大使たちが交渉にやってくる。神聖ローマ皇帝の大使、ベネチアの外交使節団、スウェーデンの代表団、フランスの一行の中には、モーロ人もいる。ベネチア大使の召使は黒人……この広場にはヨーロッパ中のあらゆる階層とあらゆる人種が吹き寄せられているかのようである。
 広場で固唾を呑んで平和会議の成り行きを見守る大人たちを尻目に、業を煮やした子どもたちは実力行使に出る。それも棒切れ木馬にまたがった騎士団を結成して平和を訴えるという、実にチャーミングなやり方で。
 薬草売りのマドレ・ベルテは、よしもとばななの『王国 その1』に登場する薬草茶づくりの祖母を髣髴とさせる。戦争が常態化しているということは、日常的に死と生の境目が危うくなっていることでもある。境界線でウロウロする子どもたちが生の側にちゃんと立っていられるように、マドレ・ベルテは子どもたちをやさしく見守る。なんとなく「キャッチャー・イン・ザ・ライ」のようである。もともと、魔女やおばあさんとは、共同体にとってそんな役目を担う存在であったのかもしれない。
 著者のマルタ・オソリオはスペインのグラナダ生まれ。少年少女向きの童話で数々の文学賞を得ている。訳者のあとがきによると、「この物語は権力ある人たちの豊かさに比べ、庶民の本当に貧しい生活にどうしようもなくなった少年たちが立ち上がり、不公平さ、貧しさ、食べ物の不足を訴え、平和を求めて一致団結するという歴史的なできごとがもととなっています」と記されているが、著者はこの歴史的なエピソードを題材に、少年たちを見守るマドレ・ベルテや兵士のエステバン、教師のフランシスコなどのような存在をむしろ描きたかったのではないかと思った。
 国境のあやふやなヨーロッパを根無し草のように放浪しながら、国家や宗教や土地につながれて生きる人間のしあわせを願う人々……それは、カソリックやプロテスタントの絶対神とは異なる存在が、たしかに人々の暮しの心の空隙に息づいていた証である。
 
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梶葉子

Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
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そこに吹く風や漂う香りを感じさせてくれる
書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

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