2012-04

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物語のなかへ18

キム・ジュンヒョク 著・波田野節子、吉原育子 訳『楽器たちの図書館』
(クオン)
―「図書新聞」掲載

 韓国で刊行された書籍を日本語に翻訳し出版している韓国専門出版社のクオンが刊行を開始したシリーズ『韓国の新しい文学』の第二弾が本書である。
 三十一歳の著者、キム・ジュンヒョクの日本で出版されるはじめての短編集である。そして、私にとっては初めて読む韓国作家の小説ということになる。収められた八つの作品はいずれもみずみずしくそしてどこか硬質で、翻訳の文体もあるのかもしれないが無国籍的な雰囲気を漂わせていた。植民地時代の記憶のトラウマにことさら注意深くある必要もないのだと思うと、李良枝や柳美里の小説を読んできたものの一人として改めて感慨を禁じえなかった。
 訳者の一人、波多野節子氏があとがきで本書の背景や翻訳出版の事情を詳しく述べているので、そのあたりはあとがきに譲り、さっそく本書の作品世界に踏み込んでみよう。
本書の冒頭には作者から読者へのメッセージがおかれている。
 「この短編集は僕からみなさんに贈る録音テープです。テープには全部で八曲の歌が録音されています」「それでは、みなさんのカセットデッキの青い再生ボタンを押して、僕が録音した音を聴いてみてください」
 今の韓国の若者の文化状況は日本とほとんど変わらないとすると、自分の作品をあえて「カセットテープ」として読者に差し出すところに、著者の一つの意思を感じる。カセットテープの青い再生ボタンを押す……このきわめてマニュアルな動作が、八つの短編に向き合うための基本姿勢だと作者は言っているのだ。
カセットテープといういまやノスタルジックな遺物と化した道具(その背後には本がほのみえる)に愛惜を感じるだけでなく、現代を生きる人間の心を託す器として大切にしたいと真摯に考えているのだ。デジタル化が極限まですすんだときの人間の心の荒廃に敏感な人なのだと思う。
 アナログからデジタルへという激しい変化を真っ向から浴びているものの一つに「音」が上げられるだろう。その意味で作者が音をテーマに選んだことは大変に意図的である。
 音には形がない。存在してもたちまち消えてしまう、まるで心のように。太古の時代から変らない、音のもつこの原始的な力がギターやレコードやオルゴールや電話やパソコンとともにつづられていく。
 八つの小説はすべて一人称で書かれている。
 電気製品のマニュアルを文学へと昇華しようと試みる僕(『マニュアルジェネレーション』)、楽器店でアルバイトをしながら、店に並ぶ楽器の音をコンピュータでサンプリングした〝楽器の音ジュークボックス〟をつくる僕(『楽器図書館』)、若者Bからエレキギターの手ほどきを受けているうちに、エレキの波動?で心臓がおかしくなりやめてしまう僕(『僕とB』)、そしてきわめつけは音痴の友人Dの公演をプロデュースする「僕」(『調子っぱずれのD』……こうして並べてみると、音との向き合い方にいずれも共通点があることに気づかされる。
いずれの「僕」も現実の社会ではちょっと異端。ビジネスによる自己実現を当たり前のこととして受け止めることに生きにくさを感じている。そして、そこで諦めるのでなく、ひそかに風穴をあけようとしている。本人にはそんな積極的な意志はないのだけれど。
 おおげさな言い方をすれば、資本主義のどんづまりの社会を生きながら、ポスト物質文明に向かって無意識に触手を伸ばしている人間とでも言ったらいいだろうか。
 圧倒的なビジネス優先社会の中で敗者として葬り去られていく人々があるいっぽうで、ささやかだけれどかけがえのない居場所をつくって、大事なものを守ろうとしている人々がいる。
複雑な電気機器に背を向けるのでなく、無味乾燥なマニュアルに命を吹き込み道具との付き合い方を深化させようとする「僕」は、消費社会の次にやってくるだろう世界の予感をはらんでいる。エレキギターに心臓をやられて一時遠ざかった「僕」は、Bという若者を通じて再びエレキギターを手にとってみようとする。アコースティックギターに戻るのでなく、再びエレキに向かおうとする「僕」の姿もまた暗示的だ。
 楽器は音を発して私たちを慰謝し刺激してくれるが、使い手はあくまで人間。その人間は自然の一部であり、どこまでいってもアナログであることに自覚的であり続けるのは、意外にむずかしい。だから、この小説の主人公たちの存在が光る。未来を照らす。
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プロフィール

Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
みえない世界を垣間見させ
そこに吹く風や漂う香りを感じさせてくれる
書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

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