2013-12

〈本〉の彼方 7

エレン・F・ブラウン、ジョン・ワイリー二世 著、近江美佐 訳
『世紀の名作はこうして作られた
――「風と共に去りぬ」の原稿発掘から空前の大ベストセラーへ、著者による著作権保護のための孤軍奮闘』
(発行・一灯舎、発売・オーム社)
―「図書新聞」掲載

 私が『風と共に去りぬ』に夢中になったのは中学生の頃だ。私だけではない。クラスの女子全員がアトランタやタラを心に刻みつけ、自分の生き方を貫くスカーレットの鮮烈な生き方に圧倒されていた。そしてレット派やアシュレー派にわかれて、あこがれの男性像を戦わせたりした。一九六〇年代初め、『風と共に去りぬ』は、少女期の通過儀礼のように私たちの目の前に置かれていた。
 こんなに面白い小説を書くマーガレット・ミッチェルがどうしてこれ一作だけしか残さなかったのか長い間不思議だったが、本書を読んでようやくその謎が解けた。『風と共に去りぬ』はミッチェルが一〇年ものエネルギーを注いでこの世に産み落とした、唯一無二のもの、生涯をかけて守りとおした子供のようなものだったのだ。
 本書は『風と共に去りぬ』の発刊七十五周年にあたって二〇一一年にエレン・F・ブラウン(フリーライター)とジョン・ワイリー二世(『風と共に去りぬ』の世界的なコレクター)によって出版された。原題は「Margaret Mitchell’s Gone With The Wind:A Bestseller’s Odyssey from Atlanta to Hollywood」である。今日累計販売数が三〇〇〇万部を超えるという超ベストセラーだけに、関連する書物は数知れない。にもかかわらず、原作がどのような経緯で発行部数を重ね、世界中で翻訳されてきたのかに的を絞った本はなかったのだそうだ。序文では「本書はミッチェルの伝記でなく、その著作の伝記であり、この小説の起源が生まれたミッチェルの幼少時代から、一つの文化現象にまで発展した現在までの歴史を描いたものである」と記されている。まさしく「ベストセラーのオデッセイ」である。
 著作権の法律が未整備だった時代にあって著作権を守ることが作者にとってなによりも大切だったことは容易に理解できるが、それにしてもここまでやれるものか。一九三六年五月の初版刊行に漕ぎつけるまでの出版社マクミラン社とのやりとりに始まり、出版後の海外での翻訳権、代理人との確執、盗作問題、再版をめぐる印税、映画化権、劇化権……難問が次々にミッチェル夫妻に襲い掛かる。多くの人物が二人の前に現れて、友好関係を結んだり、決裂したりとベストセラーをめぐる生々しい人間ドラマが展開されていく。
 作品を守り続けようとするミッチェルの意志はミッチェルが一九四九年八月に交通事故で不慮の死を遂げたのちも、夫マーシュ、兄スティーブンズ、アトランタの三人の弁護士、そして遺産管理会社へとリレーされて、今日もしっかりと継承されているそうだ。
 一点の妥協も許さない戦いの合間を縫うように、ミッチェルの手紙が引用されていて、ミッチェルの肉声を伝えている。「夫にほっぺをつねってと何度も頼んだので、もうつねってくれなくなりました。新人作家のほっぺに青あざがあってはいけない、理由を詮索され、事実を説明しなければならなくなるからね、ですって」―発売間近の頃のこんな愛らしい手紙に始まって、「ハッピー・エンドを熱望する声が多いのですが、あなたがお手紙で『スカーレットとレットがメラニーの亡骸のそばで和解の握手をする』ような展開にならなくて良かった、とおっしゃってくれて、どれほどうれしかったことでしょう」というファンレターへの心のこもった返事。海外著作権をめぐって確執のあった代理人のソーンダーズについては「契約書にサインをしておきながら、契約条件にしたがわず、またそれを何とも思っていないような人間は、わたしたちの周りには一人もいないのです」(マクミラン社、ブレッド社長への手紙)と手厳しい。
 日本では一九三八年に三笠書房から大久保康雄訳で出版されているが、本書によればそのときは海外での出版権が整っていなかった事情もあり、印税を払わずに出版していたらしい。本書には戦後、再度契約を結び直した経緯が詳しく書かれているが、こうした事情も『風と共に去りぬ』の長い航海の中の出来事として読むと一層興味深い。
 再版につぐ再版、映画化や劇化、続編とベストセラーの波乱の航海はつづいてきた。それもこれも作品の持つ魅力ゆえということになるのだろう。余談だが、私が一九九一年の冬に初めてアメリカを訪れたとき、遺産相続会社の許可を受けた初めての続編、アレクサンドラ・リプリーの『スカーレット』が書店の店頭を飾っていたのだった。思えば不思議な因縁である。後年、トニ・モリスンやアリス・ウォーカーの作品に惹かれていくようになったのも、もしかしたら『風と共に去りぬ』が私の心に種をまいておいてくれたからかもしれない。
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Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
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書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

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