2017-09

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病理という世界へ 3

伊藤進著
『心理学って、役に立つんですか?』・評(川島書店)
―「図書新聞」掲載
 
 心理学といっても、フロイトの夢判断やエディプスコンプレックス、ユングの集合的無意識といった言葉が断片的に浮かんでくるばかりである。それに、フロイトやユングは心理学者というよりも宗教的な領域に近い思想家ではないかという気がする。 
 自分とは何か、心とは何か、心と脳はどういう関係にあるのか……誰しも肉体の健康と同じくらい、あるいはそれ以上に心に対する関心は強いはずだ。頻発する少年犯罪を見るにつけ、少年少女たちの心の危うさを思い、中高年のうつ病や自殺の報に接するたびに、私たちの心があまりに壊れやすいことに慄然とする。いったん壊れてしまったら、自分は存在しないに等しい。
 しかし、壊れやすい心にふさわしい処方箋があるのだろうかと考えると、心をたとえば医学における内臓のように取り出して研究したり分析することが可能なのかという疑問がぬぐえない。心はもっと個別的なもの、したがって文学的、思想的、宗教的なものじゃないのか。
 本書のタイトル、「心理学って役にたつんですか?」は、まさに私たちのこんな深層心理をついているといえるだろう。
 本書を読み始める前にあとがきをちょっとのぞいてみたらこんなことが書いてあった。「神経医学者オリバー・サックスの著作と出会い、人間についての研究を物語性をもたせて表現することの重要性と面白さに魅了される。サックス自身は、神経心理学者ルリアの『ロマンティックな科学』という概念に影響を受けたということである。科学と芸術の融合である。「現実の文脈」と「物語性」――心理学をこの2つをそなえたとらえ方で考えてみる、書いてみる。そして、できるだけ多くの人たちと心理学を分け合う」
 研究成果に物語性を持たせて表現するってどういうことなのだろう。
「科学と芸術の融合」?
 本書を読み始めてたちまち納得した。なるほど、こういう表現方法があったのだ。
 本書は、大学で心理学を教える「大倉山シンノスケ」を主人公に、心理学が日常生活においてどのように役にたつかを、シンノスケの日常生活をつづる形で実にわかりやすく教えてくれる。心理学の入門書ならぬ「出門の書」であると著者がいうとおりである。
 シンノスケは仕事を離れればごくふつうの社会人という設定だから、シンノスケの襲われるストレスやシンノスケが挑戦する禁煙も私たちに身近なものだ。シンノスケの対ストレス作戦は「忙の字追放作戦」と「涙作戦」という2つの心理作戦をとって実行に移される。禁煙にあたってはフェステンガーという心理学者の「認知的不協和の理論」を活用する。シンノスケの日々の物語を読んでいるうちに、心理学って意外に役に立つかもと感じられてくるから不思議である。
 心とは何か。
 シンノスケは、脳は「コミュニケーション器官」であり、外界、体の各部、脳内の3つのコミュニケーションをお互いに関係づけながら行っているとして「心は、脳がコミュニケーションの仕事をするときに生み出される現象なのである」と語る。心が〈関係の現象〉であるという説明はなかなか説得力がある。。
 シンノスケは人生一流であるばかりが能じゃない、「二流であるのも悪くない」という持論の持ち主だ。個人的には人生に一流も二流もないよ、といいたいところだが、こうした気の持ちようも人生のある局面では必要かもしれないなあと思わせる。シンノスケは妙に魅力的な人物なのである。
 シンノスケはなりたくて心理学者になったわけではない。行きがかり上心理学者になっただけらしい。職業ってそんなものだよなあ、と思うと、シンノスケの、いや著者の専門である認知心理学がとても信頼に値するものであるように思えてきた。
 現代の心理学は「脳における情報処理活動に注目して研究するアプローチが主流」だそうだが、学問を「物語」として表現する……このやり方、新しい表現ジャンルとしてもっともっと多くの研究者たちにチャレンジしてもらいたいと思う。しかし、その前提として、シンノスケのような魅力的な人間がそこに描かれていなくてはならないとなると、一見やさしいようでいて誰にでもできるという手法ではないことがよくわかってくる。学問と表現の新しい可能性を見たと思った。

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Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
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