2017-11

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物語のなかへ 5

R・ボーレン著 川中子義勝訳
『源氏物語と神学者―日本のこころとの対話』・評(教文館)
―「図書新聞」掲載

 源氏物語が英語で翻訳されていることは知っていたが、享受する人たちは、日本文学や日本文化の研究者やそれに類似した人々だろうとばかり思ってきた。
 ところが本書の著者は神学者である。略歴をみると、「スイスで十三年間牧師をつとめた後、ドイツの神学大学で実践神学教授をつとめ、88年に引退。詩人としても活躍。日本に3度来日」とある。長く牧師をつとめ、キリスト教の教理や信仰生活の実践を研究してきた人と源氏物語には、いったいいかなる接点があるのだろうか。
 実は私は、七十年代の後半、高田馬場の寺子屋教室で開かれていた、藤井貞和氏の「源氏物語を読む」の講座に五年間参加したことがあった。詩人で『源氏物語の始原と現在』の著者でもあった藤井氏の講座は、毎回毎回刺激的だった。ちょうどレヴィ・ストロースの『親族の基本構造』の翻訳が出た頃で、源氏物語は「婚姻とは何か」「国家とは何か」といったテーマをめぐって広がる迷宮のようであった。光源氏の出自やその運命は折口の貴種流離譚説に、さまざまな女性遍歴は「交叉いとこ婚」や「近親相姦のタブー」といった概念に重ねあわされていった。  
 私は本書を読みながら、あの日々をまざまざと思い出していた。
 読みすすめるにつれて、もう一つ驚いたことがある。それは、著者が日本の荒地派の詩人たちのアンソロジー(ドイツでは『橋上の人―日本の現代詩』というタイトルで89年に発行)の愛読者もであるということだった。
 しばしば引用されるのは鮎川信夫の「橋上の人」であり、「神の兵士」である。日本びいきとはいえ、荒地派のそれも鮎川信夫の詩に深いシンパシーを寄せているとは。
 訳者の川中子義勝氏はあとがきで「本書の叙述は、かならずしも平易なものではないかもしれない。(略)本書の文章は、随想というより、優れた意味で思想詩の詩集という内容を持っていると思う。文章も、むしろ散文詩に近い」と述べている。たしかにキリスト者としての言説や述懐は正直いって難解である。だが逆にいうと、その分だけ、神学者が自らの心の奥底で共鳴したり、反発を感じたりする「日本」―その異文化のありようが、不思議な手触りで生々しく伝わってくるように思われた。
 著者は聖書の世界に重ね合わせながら源氏物語の時空を読みすすめていく。
 光源氏や薫の「香り」は、神やイエスの「芳しい香り」に、二条院はエデンの園に、故・桐壺院の出現やその眼差しは、<あの方>に、明石で光源氏が抱く都への郷愁は、ユダヤの民のエルサレムへの思慕に……そして、そのように比較され得ることが少しも奇異でなく、むしろ源氏物語にそのように比定されうる部分があるということが、新鮮な驚きだった。
 西欧社会において、キリスト教が政治、経済、文学と、人間の営みのあらゆる諸層を貫徹していることを私たちは知っている。しかし、本書には、その強固さに置き去りにされてしまいそうな人間たちのわりなさや苦しさへの深い共感が見え隠れする。著者の文章のはしばしにそれを感じるのだ。
 著者が源氏物語を旧約聖書(ユダヤ教)の詩篇や雅歌と読み比べるときの生き生きとしたよろこばしさに触れると、キリスト教が強烈な一神教として世界を手中に収めようとする以前の、宗教の原型とでもいったものへの著者の深い共鳴を感じるのだ。
源氏物語はそうした視線を注がれることを喜んでいるように思えてならなかった。
 鮎川信夫の『橋上の人』への対峙の仕方にしてもそうである。今日の日本人で、この詩に思いをはせている人がいったいどれだけいるだろうか。もし、橋上にたたずんで、死者と生き残った生者と、戦後の焦土を見つめている一人の人間を描いた詩人と著者を「神」ということばが結びつけたとしたら、それは、著者が神学者であるというよりも、人間の心のありようについて深く思いをめぐらしてきた、その歳月の賜物であるだろう。 
 それはそのまま「日本」へ向けるまなざしにもつながっていく。私たち日本人の大多数は仏教徒でもキリスト者でもなく、しかし、まぎれもなく豊かな神観念の只中に生きている。そう考える著者はキリスト教の岸辺にたって、じっと日本をみつめている。

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Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
みえない世界を垣間見させ
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書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

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