2017-05

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物語のなかへ 6

槐和男著
『つっぱってしたたかに生きた樋口一葉』・評(教育史料出版会)
―「図書新聞」掲載

「たけくらべ」「にごりえ」などの作品は読んだことがなくても、作者である樋口一葉の名前を知らない人はいないだろう。明治半ばに二十四歳で早世したにもかかわらず、女性として日本の近代文学史上に燦然と輝く作品群を残した。このことは奇跡であると語る人もいるほどである。しかし、私たちは、師事した半井桃水との恋愛や金策をめぐるエピソード、一家が転々とした本郷菊坂町や吉原遊郭界隈、丸山福山町……こうした一葉をめぐる物語を断片的に知っているだけで、それらをトータルに結びつけた一葉の姿というものを実はほとんど知らないといっていい。夭折した薄幸の天才作家というイメージから少しも踏み出せないでいる。
 作品にしてもそうである。江戸時代までの古文から見れば、言文一致体に近い部分もあるものの、句読点もカギカッコもないあの擬古文はやはり読みにくい。現代語訳がなされるのもわからないではない。いくら名作といわれても読み通すのは大変なことにはちがいない。
 しかし、一葉の作品はすばらしい。「たけくらべ」も「にごりえ」も「十三夜」もいったんあの文体になじんでしまえば、少しも古めかしさを感じないどころか、どんどんと作品の中へ引きずり込まれてしまうはずなのだが。
 本書は永年にわたって樋口一葉を研究してきた著者による一葉の本格評伝である。一葉を取り囲むこうしたもやもやをすっきりと晴らして、作品へと私たちを導いてくれるかっこうの水先案内といえよう。
 本書のカバーに使われている樋口一葉の写真は、よく知られている聡明で生真面目そうな落ち着き払った一葉とは面差しがいささかちがっている。たしかに気は強そうだが、どことなくコケティッシュな雰囲気も漂っている。この写真が実物の一葉にもっとも近いと思われると記されているのを読んで、まず一枚ベールがはがされたような気がした。
 本書のタイトルは『つっぱってしたたかに生きた樋口一葉』。前著『一葉の面影を歩く』では「天才なんてものではない。短い生涯をつっぱって生きた。それが生み出した文学だった」と書いた著者だったが、本書を書くにあたっては「『つっぱり』に『したたか』を加えて二つのキーワードでなければ一葉は解けないと考えるようになった」と述べている。
 その「したたか」とはどういうことをさすのだろうか。私たちは読み進むにつれて、はじめはちょっと違和を感じたこの「したたか」というキーワードが、一葉と一葉が生きた明治という時代への著者の深い洞察と愛情に満ちた視線に裏打ちされたものであることを知ることとなる。
明治憲法が発布された年に父が死去して、戸主としての一葉の苦難が始まる。がしかし、いくら萩の舎で短歌を学んでいたとはいえ、小説家として生計を立てようと考える一葉はやはり「つっぱり」と「したたか」の両輪を兼ね備えた人だったのにちがいない。
 短歌を学んでいた萩の舎では四歳年上の三宅花圃が一流出版社から小説を出し、原稿料三十三円四十銭を得た。それに一葉は衝撃を受けたのではないかと著者は記す。生活のために職業作家を志す……こんなに明快な目的で小説を書き始めた一葉だから、「たけくらべ」が鴎外や露伴や緑雨に絶賛されても決して有頂天になりはしない。誰よりも「誠にわれは女成りけるものを」という思いを深く胸に刻み込んで生きた人だったからだろう。一葉の生活者としての「したたかさ」は、たった一人の文学営為の「したたかさ」と見事に重なり合って私たちに迫ってくる。
一葉は収入を得るために必死になりつつも、若い文学者たちと熱心に語らい、勃発した日清戦争にも深い関心を抱いている。近所の銘酒屋に働く女性たちの手紙の代筆もした。一葉の作品がみずみずしい情趣にあふれているのは、一葉がこうした日々の「生活」にこそ文学の源があることを知っていたからにちがいない。生活者として「つっぱってしたたかに生きた」からこそ、あんなにもすばらしい作品を生み出すことができたのだ。再び「たけくらべ」を手に取りたくなった。

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読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
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