2017-09

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病理という世界へ 5

児玉真美著
『海のいる風景―障害のある子と親の座標』・評(三輪書店)
―「図書新聞」掲載

 車椅子に乗った脳性マヒの青年と毎朝電車でいっしょになる。たまにその青年の前に押し出されたとき何か気負いのようなものが湧いてきて落ちつかない。またあるときは、両手のステッキで一歩一歩時間をかけて階段を登っていく青年とすれちがう。歩くなんて軽軽しく言えないくらい壮絶な歩み。なにかできることはないのか。しかし、そう思うこともまた、差別なのだろうかと気が滅入る。自然にふるまうってどんなことなのか。
 本書を読むと、そんな日々の逡巡を改めて突きつけられるような気がしてくる。差別意識は入れ子のように幾重にもなって私たちの心の中に巣くっている。かわいそうに、がんばってねという世間サマの「親切ごかし」に深く傷ついた日々を経て著者は「人間の善意というものは、実は相当に厄介な代物なのではないのか。人が誰かを励ましてあげたいと思う気持ち、誰かを案じる気持ちというのは、案外に相手を傷つけずに表現することの難しいものなのではないのか。思いを言葉にするということは、実はその思いが深ければ深いだけ、できにくくなるものなのではないのか――」と記す。
 著者が、重度障害のある子の親という状況に突如投げ込まれた日から世界は一変する。しかし、それは見えていなかったものが明らかになってくる過程でもある。「世間」という外部のなんと空疎なことか。学校や病院という名の「権力構造」はいかにそこに所属する人たちを蝕むものか。親子とはなにか。家族とはなにか。しかし、著者は深い挫折感に襲われつつも、露出してきた違和の一つ一つに真っ向から立ち向かっていく。なぜなら、違和の正体は煎じ詰めれば一人の人間に帰着するからであり、海ちゃんは著者夫婦のかけがえのないたった一人の娘だからだ。だれもが同じ重みで存在しているからだ。
 著者はとてつもなく熱い人だが、同時に遠くまで見とおす冷静な目をもった人でもある。そのことが本書を単なる奮闘記とは一線を画する位相へと引き上げている。
 本書の末尾近く、海ちゃんをあづける療育園の職員を前にしたスピーチで、著者は「皆さんにとって、ここは職場なんですね」と痛烈な批判をしている。「皆さんが一日の仕事を終えて家族の元に帰っていかれる、その場所こそが、子どもたちにとってはここなんです」「今、私の頭の中には、海とお父さんと自分と、三つの死が常に居座るようになりました。(略)お父さんと私とがいっしょに死んでしまうこともあるかもしれない。その時、私たちは海をここにおいて死んでいくしかないんです」
 痛いと声をあげることができない、孤独や悔しさを誰にも伝えられないそんな存在をこの世に残して死んでいくしかない親の無念。 
 大学で英語を教えている著者は「ケア」という言葉は「世話する」という意味ではないのだという。そのココロは「気にかかる」「放っておけない」「あなたは私にとってどうでもいい存在じゃないよ」ということだと、ケアの現場の人々に訴える。
 海ちゃんは15歳になった。
「子どもの障害は『治る』どころか、成長につれて、私たちの目の前で、なすすべもなく重度化していく。(略)専門家の目に私たちは『子どもの障害がすでに受容できた親』だと映るだろう。けれど、子どもの障害の受容に終わりはない」のだ。それでも著者はいう。「何ができるとかできないということよりも、本当は、そういう人間として一人の人が生きて、そこに、いる、ということが、すでに奇跡のようにものすごいことなんじゃないだろうか。そういう人が生きて、そこに一人、いる、というだけで、その人がいないのとは世界がまるで違ったものになる。どんな人であろうと、人間というのは、本当はそういう存在なんじゃないだろうか」
 障害のある子と親の物語は、現在の家族や共同性がかかえる歪みの深部にまで届いて、大切なたった一つのことを教えてくれる。
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梶葉子

Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
みえない世界を垣間見させ
そこに吹く風や漂う香りを感じさせてくれる
書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

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