2017-04

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物語のなかへ 7

遠藤祐著
『宮沢賢治の〈ファンタジー空間〉を歩く』・評(双文社出版)
―「図書新聞」掲載

 宮沢賢治の童話では、「銀河鉄道の夜」に象徴的なように、<死後の世界>あるいは<死者の国>とでもいうべき、もう一つの場所への通路が必ずそこここに口を開いている。
賢治が法華経の信仰を伝えるためにファンタジーというスタイルを選んだのは、このジャンルが現世とそうした死後の国とを自在に行き来したり、他の生類とやすやすと会話できるという特性を備えていたからだろう。
 しかし、賢治の童話がもっともすぐれているのは、法華経という一宗派を超えて信仰や生の本質に私たちを導いてくれることである。童話の中の山野を歩き、鳥や獣と語らいあっているうちに、それが自然と感得されてくる。鳥や獣に同化して、人という自分を異類のように眺められる視線を授けてくれる。
 本書はそんな賢治のファンタジーの世界を「語り手の存在」と「時間の流れ」から照射し、その「信」の重層空間を改めてたどろうという試みである。著者に導かれるままに賢治の<ファンタジー空間>を辿りなおしていくと、何度も読み返したはずの賢治の童話が、生の深淵と哀しみをいっそう深めて迫ってくる。
 本書では「雁の童子」「よだかの星」「烏の北斗七星」「フランドン農学校の豚」「オツベルと象」「シグナルとシグナレス」以上の六作品が取り上げられている。
 「宮沢賢治の童話をどう読むかという作業は、それぞれの物語をつらぬいて、<語り>の声が豊かな声量を響かせているのに、耳を傾けることなのだと思う」と著者は語る。語りに耳を傾けるとは、ファンタジー空間を歩きながら、賢治の抱いていた理念や信仰について思いを馳せることを意味しているだろう。
 日頃なんとも思わずに肉や魚を食べて生きている私たちだが、「よだかの星」や「烏の北斗七星」「フランドン農学校の豚」を著者とともにたどってみると、あらためて「生存罪」という観念に突き当たる。生きるために他の生類を殺さなければならないという自然の摂理は、食物連鎖の頂点にいる人間に限っては死の恐怖に突き落されることはないが、他の生類はちがう。その優位性に対する鋭い痛みが、賢治のファンタジー空間に身をおいた途端に突き刺さってくる。
 たとえば著者は「よだかの星」の前半を「受苦」または「受難」、後半を「三つの死」と命名する。三つの死とは「仮の死」「滅びの死」「再生の死」である。
 現世ではよだかは水平に飛行して生きている。水平飛行して生きるために、羽虫やカブト虫を飲み下さざるを得ない。この「生存罪」、哀しみの連鎖を断ち切るためには、存在自体を根底から転換しなくては果たせない。そこでよだかは水平飛行から垂直飛行へという大転回を図る。徹底的な受苦と二度の死の体験を通してはじめてそれは得られるものである。著者は「主人公をよだかたらしめた<造物主>が、よだかの死後に、生前の努力を祝福して、彼を天に挙げ、永遠の光を与えたというなりゆきを、わたしは『よだかの星』に想い描かずにはいられないのである」と述べて筆をおく。
 「烏の北斗七星」では、それは「地上の<祈り>」と「天空の<ひかり>」としてとらえられている。烏の少佐はマジエル様=北斗七星に、憎むことのできない敵を殺さなければならないという「生存罪」の桎梏から世界が解放されるようにと祈る。その祈りに天空=マジエル様は<ひかり>でこたえてくれると著者は感じている。
 著者はあとがきで「まとめてみると論はいずれも、六つの物語たちに<聖なるもの>の影の射すところに、注目していることがわかる」と記している。著者が物語の中で注目する語り手は、<聖なるもの>にもっとも近いところにいる存在と言い換えてもいいのかもしれない。著者はこの<聖なるもの>に寄り添う語り手を見つめることで、そこに「信仰」の無限の深まりを読み解こうとしている。そして賢治の童話が「ほんとうの神」について私たちを実に遠くまで運んでくれる力を備えていることをあらためて教えてくれる。
 『注文の多い料理店』の序に賢治はこう記している。
 「わたくしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます」「わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません」
 心の糧について語っている文章であるが、いま改めて読み返してみると、賢治が、人が飲食の哀しみに象徴される「生存罪」から抜け出ていくための大切な方途として「これらのちいさなものがたり」が「ほんとうのたべもの」になることをどんなに願っていたことだろうかと思わずにはいられない。
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読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
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