2017-05

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〈こども〉のなかへ 4

岸英光監修・石川尚子著
『子どもを伸ばす共育コーチング
―子どもの本音と行動を引き出すコミュニケーション術』・評(つげ書房新社)
―「図書新聞」掲載

 ビジネスの現場では「コーチング」がブームとなりつつあるのだそうだ。かんたんに言うと、経営者や管理職など部下をもって仕事をする人たちに、部下の眠っている能力を引き出す接し方、お互いに気持ちよく仕事をし高めあっていけるようなコミュニケーション術をコーチするということになるだろうか。 
 実務的なノウハウや、部下が上司に正しく評価してもらうためのノウハウではなく、上司が部下に接するためのヒューマンスキルをその道の専門家にコーチしてもらうという時代……人間社会は大変な隘路に踏み込んだものだと嘆息する。しかし、情報が氾濫し、価値観が多様化し、格差が拡大し、家族関係も変容しと、大激動の波に洗われているこの時代にあっては、自らが蓄えた経験や知識や考え方を、これまでのような固定化した組織感や上下関係に基いて展開していくだけでは、誰の心も開くことができないのもまた事実だ。
 メールによるコミュニケーションが日常化し、人間対人間の生身の会話が置き去りにされていく時代。困難な状況をうつ病だ、アスペルガー症候群だと病気として命名することで、本質的な問題はどんどん置きざりにされていく時代。
 こうした時代の激変の影響をもろに受けているのが、子どもたちだろう。
 本書はビジネスの世界におけるコーチングの概念を、対大人の世界ではなく、子どもたちと向き合う教育の現場に持ち込んだらどうなるかという、教育現場への殴り込みのような(そういっては著者に怒られるだろうが)一書である。
 学校や家庭でここに書かれているようなアプローチがなされていたら、おそらく今日のような陰惨なイジメや虐待、子どもたちの無気力・無関心といった事態はここまで悲惨な状況にはならなかったのではないかと思わせる。語り口は人間味にあふれ、実際の例がわかりやすく引かれているが、教育問題の本質に切り込んだ意欲的な内容になっている。
 子どもは大人の鏡だとよく言われるが、そのとおりだろう。子どもたちがやる気を失い、自ら考えることを放棄し、学校を出たのちの人生になんらの期待も持たず、働く気力をなくしているのは、子どものせいではない。親や教師や周りの大人たちが、そして、大人がつくっている世の中が、そう思わざるを得ないように仕向けているのだ。
「『夢』を語ると、『もっと現実的なことを考えなさい』と言う大人が実に多いようです。そうすると、本当は『夢』があるのに、それは言ってはいけないもの、言っても仕方のないものと子どもたちはとらえてしまうのです。だから『わからない』といってごまかします。」
 そこで「夢は叶うものと伝える」、子どもが一歩踏み出し行動を起し始めるために「否定形より肯定形で」「原因追求よりも解決構築」「心配よりも信頼」と、接し方を深めていく道筋がわかりやすく具体的に示されていく。
 無気力・無関心を打破するキーワードとして登場するのが、「存在承認」である。仮によい結果を出していなくても存在を肯定的に認める。「相手を責める前にまず受け入れる」「相手からのアプローチにはどんなつまらないことでも必ず返答する」……つまり、恐らく大多数の大人がふだん子どもに接しているやり方と逆のことをしてみるということだ。
次に出てくる言葉は「傾聴」。「相手の思っていることを一度否定しないで全部聞いてみよう」「子どもをもっと信じてみよう」……その目的は、「子どもが自分で考え始める」ように導いていくことにある。
「答えは一つしかない」「正しい答えは誰かから与えられるもの」……これを逆転させて「答えは一つじゃない」「答えは自分で編み出すもの」という発想を子どもたちに持ってもらうためには、大人が受験体制も含めた学校制度や教育のあり方そのものをもう一度根底から見直すしかないだろう。「存在承認」と「傾聴」は、それほど深い問題を孕んでいる。
「コーチングでは、『人の中にはもともと目標を達成するための資源がすべて備わっている。コーチングはそれをサポートする』という説明をします。ですから、相手の中に『ある』というのが前提になります。残念ながら『ある』ようには見えない、とコーチ側が感じてしまうと、相手もそう思ってしまいます。(略)『ある』という視点で一人ひとりの子どもを見つめた時、可能性は無限に広がっていくのです。」
 著者はそう語っているが、たとえ「コーチング」という言葉がなかったとしても、著者は相手を『ある』という視点で見つめ、向き合っていくことのできる人にちがいないと私は思う。
「自らの成長なくして、相手は決して心を開かないということも学びました。『可能性を秘めた存在として関わること』、これが『共に育つ』ということではないかと思っています。そして、『共に育つ』ところに教育の本当の価値があるのではないでしょうか。」
 こんなふうに熱く思い、接してくれる教師や親がいなかったら子どもたちの未来はないのだ。
 
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Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
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書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

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