2017-04

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物語のなかへ 12

宮本春樹著
『はまゆう年代記 海と山の約束』・評(創風社出版)
―「図書新聞」掲載

 宇和海に面した芋背という架空の村が物語の舞台である。宇和海でイワシ漁を営み、水の少ない急峻な土地に石垣を組んで段畑でわずかな農作物をつくって生計を支えてきた人々の四百年にわたる歳月が、村君(網元)一族を中心につづられていく。
 人間がその土地に根づいて生活していくことの意味について深く問いかける一書であり、どのような環境本よりも的確に今日の環境問題の本質に迫っている。
 著者は宇和海の歴史を調査報告した『段畑とイワシからのことづて』(平成一八年刊)で愛媛県出版文化賞を受賞した。いま、改めて架空の物語として本書をつづった理由について、前著を上梓するにあたり「多くの伝説や民話や聞き語りを割愛せざるを得なかった。それらの声、自然の声を物語化してみたのが本書である」と記されている。
 本書末尾の「出典と登場人物」によれば、芋背村のモデルは愛媛県宇和島市遊子水荷浦であり、「愛媛県南予地方の伝説、歴史、実話、実在の人物を素材としている」とある。『はまゆう年代記』にみなぎるリアリティは、民話や伝説の中に息づく「人々の声」や「自然の声」に裏打ちされているとともに、長い歳月を費やして村々を歩き回り調査を重ねてきた著者の意思と熱情から立ちのぼってくるのだと納得される。
 この一帯のイワシ漁の歴史は、玉葉和歌集(一三一三)に収められた古歌にも歌われるほど古いもので、古来よりイワシの好漁場であったらしい。十七世紀、江戸時代の初め、旅網という瀬戸内海の渡り漁師の一団に助けられた親を知らない少年と少女が、花浜というはまゆうの咲く美しい入り江に村をつくるところから物語は始まる。この一団のためにイワシ漁の拠点をつくるという使命を託された二人は、助けられた恩義に報い、与えられた使命に応えようとして懸命に海と山に向き合う。そこには乱獲や乱伐など私利私欲の入り込む余地はどこにもない。山や森の豊かさが海の豊穣につながることが、漁や農の営みを通じて子や孫へと伝えられていく。一つ一つの営為に意味があり、対岸の山の民との連帯が欠かせない。それらをしっかりと守っていかなければ、生活そのものが破綻するということを人々は骨身にしみて知っていた。
 イワシ漁は海流や海中のさまざまな条件に左右されて、不漁期と豊漁期の大きなサイクルをくり返していく。それはかつては自然の中で引き起こされる人智の及ばない出来事であったが、明治以降に海辺の森を切り開いて段畑をつくることがすすみ、山と海の分断が本格化した頃から海の生態系が崩れはじめる。
 戦争を経て、不漁と豊漁のサイクルはさらに人為的な要因に大きく左右されるようになる。 
 そして、二十一世紀の現在、芋背村は海洋汚染によって魚や真珠の養殖が危機にさらされている。高齢化もすすんでいる。芋背村は、海や山とともに再生を果たすことができるだろうか。破壊された海や山の回復には、年代記に流れた時間と同じくらい長い時間がかかる。著者は村に残って漁業の再生にかける若者たちの姿を描いて筆をおいている。それは著者の祈りが凝縮した姿であるだろう。芋背村の未来は、経済効率最優先で突き進んできた私たちの社会の未来にそのまま重なっていくものである。
 とくに第一章と第二章に描かれた十七世紀、十八世紀の芋背村の物語は、自然と折り合って生きる暮しと、人々が蓄えた知恵を次世代にバトンタッチしていく有様を見事に伝えている。海と山の物々交換や嫁取りの風習、随所に織り込まれた祭りの歌垣や漁の綱引き歌は、物語の時空に濃やかな奥行を与えている。
 自分の先祖はどこからやってきたのか。どうしてその土地に住み着くようになったのか。偶然に漂着した土地がどのようにしてかけがえのない場所となり、代々住み継がれていったのか……さまざまな要因の奥底には、きっと土地そのものが人のこころに与える力があったはずだ。そんな土地の声に耳を澄まし、丹念に調査を続ける著者の思いは、温暖化や海洋汚染による環境破壊を声高に論じるよりもいっそう痛切に、海や山のかけがえのなさを私たちに伝えてくれる。






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プロフィール

梶葉子

Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
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そこに吹く風や漂う香りを感じさせてくれる
書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

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