2017-07

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病理という世界へ 7

小堀昌子著・中村清吾監修『乳がんを抱きしめて―39歳で乳がん患者だった私の治療記』(プロモーションセンター出版)
―「図書新聞」掲載

 乳がんは日本人女性のがんの死亡率のトップを占める。初期段階で発見できれば再発はほぼゼロに押さえ込めるため、集団検診などではマンモグラフィーを取り入れるところも多くなっている。また、本人が触って発見できる唯一のがんということで、「自己チェックを定期的に行うように」という啓発がさかんに行われている。
 ここまでは、女性なら大方は知識として承知していることである。しかし、実際にわが身に乳がんの疑いがふりかかってきたらどうだろう。多くの女性はどうして私が、と頭が真っ白になり、オタオタしてしまうだろう。
 しかし、本書の著者はちがった。何げなく自分で触診してしこりを発見したとたんに「乳がんではないか」と思い、すぐさま病院に行く。初診の医師に不信をいだくや、周囲の信頼できる人に相談して、ただちに病院を変え、その結果、乳がん治療の名医にめぐり合い、「中村先生は、私にとって信頼できる医師であり、尊敬できる人である」「患者に病院に行くことを楽しく思わせてくれる中村先生は、私にとって、世界で一番の主治医である」「私は乳がん治療に関して、中村先生のおっしゃることは《信じて悔いなし》と思っているので、絶対的に信じ、指示に従っていくつもりである」と言い切るまでの信頼感を抱くにいたる。
 こうした信頼関係は、ひとえに著者の前向きな生き方から生まれている。
 「『乳がん』だった時期も私の人生の一部で、『乳がん』になったことはマイナスなことかもしれませんが、意外に多くのプラスももらったということです。すでに『乳がん』が私の人生の一部になってしまったのであれば、『乳がん』にかかった事実も含めて、前向きによく頑張った自分を抱きしめてあげたいと思っています」(あとがき)
 こう言い切れる著者は素晴らしいと思う。
 著者は当時三十九歳。広告制作会社の専務をつとめるバリバリのキャリアウーマンである。著者が選んだ病院は聖路加病院。そこで本書の監修者でもある乳がんの名医、中村清吾医師と出会う。
この初対面のときの感想がふるっている。十一時の予約で診療をしてもらえたのは六時すぎ。このとき、著者に中村医師に関する知識は、乳がん治療の名医という以外、ほとんどなかったそうだ。
 「診察室の扉を開けて中に入る。中村先生は、やはり、できた人だった。中村先生のほうから『こんにちは』とあいさつをしてくださった。当たり前のことだけど、結構できない人が多いんだよね?。」診療終了後、「『ありがとうございました』と言うと、『今日はお待たせしてしまって、すみませんでした』と先生から言われた。正直言って驚いた。耳を疑ったほどだ。そんなことを『先生』と呼ばれる人が言うなんて、露ほども思っていなかったからだ。先生こそ、長い時間お疲れだと思う。」 
 この感想は、著者が乳がん治療に積極的に立ち向かう大きな原動力となっていく。 
両親には告げず、親代わりとも言える会社の社長に相談。しかし「犯罪者じゃないんだからこそこそしたくない」と、ともに仕事をしている会社のみんなには状況をはっきり知らせる。妹と親友に打ち明けたあとは、ひたすら中村医師を信じて治療に邁進する。
 明確な診断がつくまでの長い検査をへて、ようやく治療方針が決定する。著者が治療を受けた二〇〇五年当時は、手術前に抗がん剤の投薬および放射線治療をしてがんを小さくしてから手術するという治療方法は日本では臨床試験段階の先進治療だったが、著者は「よりメリットがありそうな治療を受けられる資格があるなら、せっかくだからやってみよー」とその臨床試験に参加する。
 そして九ヶ月にわたる抗がん剤治療と放射線治療、手術までの様子が、カラッと爽やかな筆致で活写されていく。闘病記を面白いといっては失礼だが、読者は著者といっしょに中村医師に向かい合い、RI&CTを受け、抗がん剤を打たれ、ストレッチャーに乗ってドキドキしながら手術台に運ばれていく。生き生きとディテールに富んだ文体は、まさに乳がんに率直に向かい合う著者そのものである。
 中村医師は「賢い患者とは、自分をよく知っている人」とおっしゃっているそうだ。また、ポジティブシンキングが治療に間接的な効果があるとも。しかし、それは、なにもがん患者に特別なことでなく、「日常の生活の中で、どんなシチュエーションであっても必要なことです」と著者は記す。そして、「乳がんと告知されたとしても、いますぐどうにかなってしまうわけでもないですし、治療方法も飛躍的に進歩してきていますので、前向きに治療していけば、怖さは克服できると思います。そのためにはやはり『知る』ことです。その『知る』きっかけとしてこの本が役立てば嬉しいことです」
 巻末には、著者の実際の治療プロセスに基づいた「知る」ための克明なデータが記されている。ここまで情報をわかりやすく開示してくれた著者に頭が下がる。
 最後に中村医師の言葉を引いておこう。
 「理想のチーム医療とは、医師のみならず、看護婦、薬剤師、ソーシャルワーカーなど多職種の人が、お互いの情報を共有し、協力し合う中で育まれるものといわれます。さらに、私たちは、その一員に患者さん自身も加わることが究極のチームと考えています」
 本書を読んでいると、そんな究極のチームの可能性を感じる。名医とのラッキーな出会いは偶然ではない。それまでの著者の生き方が運んできてくれたものなのだ。本書が実に爽やかな読後感を残す理由はそこにある。

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梶葉子

Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
みえない世界を垣間見させ
そこに吹く風や漂う香りを感じさせてくれる
書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

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