2017-04

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物語のなかへ16

立野正裕 著『世界文学の扉をひらく 第三扉 奇怪なものに遭遇した人たちの物語』
(スペース伽耶)
―「図書新聞」掲載

 本書は著者が講師をつとめる本郷文化フォーラム・ワーカーズ・スクールでの文学講座をもとに編集したシリーズ第三作目にあたる。
 取り上げた五つの作品は、著者が選んだ「奇怪なものに遭遇した人たちを描いた物語」のベスト・ファイヴである。
 このテーマについて、著者は「奇怪なもの、または奇怪なものを語った物語は、むかしからわたしたちの心を深くつかんできた。しかし語られるそのものは、わたしたちの外部に存在するのであろうか。それとも内部に潜むのであろうか。いずれにしてもそれはわたしたちの前に不意に出現する。事態に直面して人はさまざまに反応せざるを得ない。そのとき、人間とはどういう存在であるか、どういう存在であり得るかが、いやおうなしに照らし出される」(まえがき)と述べている。
 前二作につづき本書も各章が「作品紹介」「対話」「作者略歴」の三部構成になっている。「対話」は講師と講座に出席しているメンバーたちの間で繰り広げられる読後の感想のやりとりであるが、これがすこぶる面白い。作品を読んで感想を披瀝し合い論じ合うということは、その人のそれまで生きてきた人生を語ることでもあるのだなと感じ入ってしまった。
 それぞれの作品が丹念に論じられていく。いずれのやりとりも丁々発止で面白いのだが、第二章「ドアの向うに立って」の『猿の手』はそのディスカッションが思いがけない方向に伸びていって、語り合うことのダイナミズムを感じさせられた。
 この作品の作者はロンドン生まれのW・W・ジェイコブズ。恐怖小説の作者として知られ、中でもこの作品がもっとも有名なものだという。ミイラ化した猿の手はインドから持ち帰られたもので、願いごとを三つ叶えてくれる、いわば打ち出の小槌のようなものなのだが、その最後の願いが工場で機械に挟まれて死んだ息子の甦りに使われようとすることで、この小説の「恐怖」が生まれる。 
 ディスカッションは、ドアの向こうに立っている息子はどんな姿なのかということに絞られていく。死者のむごたらしい姿を想像して、そこに佇むのみの人に対して、著者は古事記のイザナギが黄泉の国へイザナミを訪ねる物語を呈示しつつ、「物語で暗示されている部分が置かれている文化的な連関に思いをいたして、その連関性を可能にしている要素を読み抜いて行けば、その物語の背景からさらに大きな物語が立ち上がってくる可能性があるのです」と発言する。   
 するとそれに促されるように、ある人がキリストの復活を想起する。つづいて話題はキリストの復活の際の脇腹の傷跡、そこから左右をめぐる東西の文化論へと進展。さらにダンテの『神曲』やシェイクスピアの『ハムレット』『マクベス』、ゲーテの『ファウスト』に描かれる死者の姿、埴谷雄高のとらえたノートルダム寺院の聖ドニ像などへと連鎖していき、東西の死生観の違いへと関心がさらに深まっていく。
 一冊の恐怖小説をめぐって論じ合ううちに関心の触手が生死の深みに伸びていき、議論に参加したそれぞれのメンバーが、それぞれの勝手な思い込みから一歩踏み込んだ場所へと歩を進めていく様子が手にとるようにわかる。
その他の章で取り上げられている作品を上げておくと、第一章は魯迅作『眉間尺』、第三章はJ・G・バラード作『溺れた巨人』、第四章はヨナス・リー作『エリアスとドラウグ』、第五章はウォートン作『あとになって』。
 あとがきによると、本書の副題「奇怪なものに遭遇した人たち」は、一年前に収録する五作品を決定したときにすでに決めてあったことだそうだが、三月十一日に東日本大震災が発生し、著者は津波とこの副題の「奇怪なもの」を引き付けて考えずにいられなかったようだ。「いくつかの章は、われわれの日常に突如として襲いかかった奇怪なものにある意味で照明を与えずにはいないように思われる」と記している。
 不意に出現した「奇怪なもの」によって、人間はその存在自体の意味を突きつけられつづけてきたのだなと本書を読みつつ「三・一一以後の世界」を改めてかみしめるばかりである。

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プロフィール

梶葉子

Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
みえない世界を垣間見させ
そこに吹く風や漂う香りを感じさせてくれる
書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

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