2017-07

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物語のなかへ 1

藤蔭道子著
『風景の中で』・評(龍書房)
―「図書新聞」掲載

 五十代に入ると、それまでとは「風景」ががらっと変わる。老いというものと初めて肉体的に実感として向かい合う時期といったらいいだろうか。とくに女性は閉経、更年期というあからさまな変化となって現れてくるだけに免れようもない。そして、死を否応でも射程に入れざるを得なくなる時期でもある。
 老いていく家族、巣立っていく家族。そして自分の心は十代、二十代のころと少しも変わってはいないのに、肉体だけが変貌していることに気づく。日々気づかされる。その変貌を、いまはまだ無残さや残酷さとして生々しく受け止めるしかない苦しい時期だ。
 本書のタイトルである『風景の中で』の「風景」とはそんな人生の午後の心象風景を指しているのにちがいない。
 若いときのこだわり、一途に思い描いていた未来……「私の夢はどこに消えたのでしょう」(『夢のゆくえ』)という主人公の表白は、後悔とはちがう。夢の果てとはこういうものだったのかと、私という体に刻まれた過去の刻印の一つ一つが、静かな驚きの声を上げているのだ。記憶の堆積、そのめぐり合わせの不思議さに、ただ、佇んでいるのである。 
 著者は1945年生まれ。納められた十八の短編の一つ一つに著者の佇む風景が色濃く描かれていて、私の心の底に小石のように沈んでいく。
 過去と出会う場所は第一に夜毎の夢の中である。「青い実」はアゲハチョウに変身した男が自分の目の中に住みつく話。「あさきゆめみし」はラーメン屋やうなぎ屋が夢の舞台。物を食べる営みの哀しさと男の孤独が際立つ。「夜咄」は楠の洞の中で語られる行方不明の父の話。大樹が深い慰謝となって作品を彩る。
 直接に夢が舞台装置となる作品ばかりではない。早朝に梯子に登ってする白木蓮の枝切り(「祝日」)、終電車の中で耳にする中年男性の仰げば尊し(「しんぎんぐ」)、真夜中の鶺鴒の飛翔など、切り取られた日常の一こまは、いずれも時間の裂け目から記憶のクレバスを覗き込むような読後感を残す。
 多くの作品に登場する女性主人公は作者を投影したものだろう。幼い頃、自分を置き去りにして去っていった父の存在が深い刺となってつきささったまま、その後の人間関係を大きく規定されて五十代も半ばに差し掛かった女性として描かれている。そして、どの作品にも「四季のうつろい」が細やかに描写されている。そのせいだろうか、「父に捨てられた」という過去が、まるで胎児の世界にまで遡るような深みで捉えられていると感じられる。
「展覧会の絵」は主人公の中学時代の担任だった美術教師の話だ。主人公が授業で父を思って絵葉書をもとに描いた大手町の絵とは、どんなものだったのだろうか。私は思わず本を閉じて本書の表紙の絵に見入ってしまった。それは雪の街角で、雪が騒音を吸い尽くしたような静けさが立ち込めている。街路樹にも車道に止められた車の上にもうっすらと雪が降り積もって胸がしめつけられるような懐かしさに満ちている。主人公が父を思って描いた大手町の絵、いや描きたかった絵は、きっとこんな絵だったのではないだろうか。
 十八編の最後に納められた「手相酒場」は集中もっとも長い作品であり、作者の力量がもっともよくうかがえる作品でもある。
 神楽坂の路地裏にその店はある。手相見を生業とする主人公は「手相は自分を知るための占い」と死んだ恋人から手相見の手ほどきをしてもらうときに教えられたのだった。  
 肉体の一部、手のひらに刻まれた線の行く筋かをたどる。それは体に刻まれた過去の記憶をたどることなのに、それによって未来が見えてくるとはなんと不思議なことだろう。  
 亡くなった恋人は、他人の手相を見るというよりも、たった一人の女性の手相を見ていた。主人公は他者の過去と自分の過去を重ね合わせながら、実は亡くなった恋人をたどっているのだった。死者こそが決して見ることの出来ない未来であるかのように。
 そして本書そのものが「手相酒場」のようなものなのだといまさらのように気づいたのだった。
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Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
みえない世界を垣間見させ
そこに吹く風や漂う香りを感じさせてくれる
書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

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