2017-05

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物語のなかへ 2

吉田弥生著
『江戸歌舞伎の残照』・評(文芸社)
―「図書新聞」掲載

 歌舞伎の3大作者は、近松門左衛門、鶴屋南北、そして河竹黙阿弥(1816?1893)といわれる。本書は江戸末期から明治にかけて活躍した黙阿弥に焦点を当てつつ、江戸歌舞伎と現代歌舞伎の架橋をはかろうとする労作である。著者の学位論文の部分的公刊でもある。
 歌舞伎のルーツは出雲のお国の「かぶき踊り」といわれるが、さらにもとをたどれば流離の芸能者や宗教者たちが持ち運んだ踊りやうたであり、それが権力支配の及ばない河原に小屋がけして演じられるようになった時代にまで行き着くだろう。そうした長い時間性の中でじっくりと醸成された芸能のパワーが一気に爆発したのが歌舞伎だったのではないだろうか。
 歌舞伎は能や狂言、落語や講談、読み本など様々なジャンルを取り込んだ壮絶な坩堝と化して荒唐無稽ともいえる演劇空間を現出させた。時代のモラルや価値観の深部にぐいぐいと食い込んで、記憶の底に鎮めたはずの野生的な情念までも噴出させてしまう歌舞伎は「江戸」という時代の重層性そのものなのかもしれない。
 ところで著者はいま演じられている歌舞伎は「記憶と記録と幻想によって創造された江戸歌舞伎なのだ」という。あとがきによれば著者が初めて歌舞伎をみたのは四歳のときだったそうだ。芝居好きな母に連れられて宿題などそっちのけで芝居見物に出かけたそうだが、その母に芸事を仕込んだのは祖父母だったという。歌舞伎役者たちが世襲制によって代々芸を継承していくように、歌舞伎ファンが親子孫と代々引き継がれていくのというのも「芸」の魅力いや「記憶と記録と幻想」の力というものだろうか。
 「かつて歌舞伎は、<生む>力に満ち満ちていた。その生みの力に満ちた歌舞伎こそが江戸歌舞伎だった」が、「歌舞伎はしだいに生産能力を弱めはじめる。(中略)四世鶴屋南北の没後(略)しばらくの間新作はあまり生まれず、それに代わって南北作品を中心に旧作をリメイクした作品が上演される」という保守的な傾向が約半世紀にわたってつづき、その傾向に歯どめをかけるように江戸末期にあらわれたのが、河竹黙阿弥だった。
 その意味で、江戸歌舞伎最後の作者、黙阿弥の仕事、残した作品こそが、「確実に日没に向かった」江戸歌舞伎の残照であり、その残照が「記憶と記録と幻想によって創造された江戸歌舞伎として歌舞伎の生命を保ち、現代までその光を届かせている」のだと著者は指摘する。この「残照」という形容に今日の歌舞伎の在り様を見てとることができるかもしれない。 
 坪内逍遥は黙阿弥を「彼は真に江戸演劇の大問屋なり」と称えたそうだ。著者はその「大問屋」たる所以に迫るために、南北をはじめとする歌舞伎作者たち、小団次、団菊など名優たち、小説や話芸との出会いと交流を丹念に探っていく。
 黙阿弥は「時代物」「世話物」「所作事」と3つに大別される歌舞伎の中でも「世話物」、いわば当時の現代劇を得意としたというが、有名な『三人吉三』や『白波五人男』『河内山』など、歌舞伎のファンでなくてもその決めセリフは記憶にしっかりと刻みこまれていることに改めて驚く。黙阿弥の音楽性豊かな七五調のせりふ、因果応報と勧善懲悪と機軸にすえた「因果の闇」「地獄趣味」「市井の悪」といった独特の作劇術による人間描写についての分析を読んでいると、黙阿弥のドラマツルギーが、現代の文学や演劇ばかりでなく、私たちの日常の深部にまで根をおろしていることに慄然とする。
 著者が平成元年から平成十四年までで調べたところ上演されている演目の約3分の1は黙阿弥の作品であるという。「まっとうな伝承がなければ、歌舞伎がついに歌舞伎でなくなってしまう。そうした危機が迫りつつある」と危惧を抱く著者だが、黙阿弥にしても作品の上演率こそ高いもののレパートリーは多いとはいえない。「現代歌舞伎全体的に上演レパートリーの減少について危惧する声が高まってすでに久しいが、これは間違いなくいえることである。現代歌舞伎の上演を支える黙阿弥作品の充実が未来の歌舞伎を支えていく」と本書は結ばれている。
 黙阿弥の作品を現代の若い演出家たちが演出するなど、歌舞伎にたずさわる人々の果敢な試みを改めて注視していきたいと思う。

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読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
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