2017-07

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

物語のなかへ17

赤坂香津於 著『盆太鼓・他―赤坂香津於短編集』
(早稲田出版)
―「図書新聞」掲載

 本書に収録されている六つの短編のうち五編は一九六五年から六六年末までに、すなわち著者が三十代後半に発表したものである。それに二〇一一年に書き下ろした「立ち入り禁止」を加えて一冊にまとめられている。
この新作には次のような著者の前書きが添えられている。
 「日米戦争が終結して六十五年以上も経った今では、戦後にこんな事実があったことなど知るよしもない人が多くなった。そこでこの作品は、当時の世俗の一面を正しく知らしめるため、フィクションを入れずに書いた」
作者が自らのバックグラウンドを知ってほしいという思いが伝わってきて、まずこの作品から読み始めた。
 青山(著者のことだろう)は秋田県鹿角盆地に位置する村の出身だが、二十三歳のときに妻子と青森県三沢に移り、画才を買われて基地で働くようになる。やがて自分の店をやりたいという思いが強くなり、温めてきたイメージをもとに米兵相手のしゃれたバーを開く。店のインテリアやモダンジャズと映画音楽を流すセンスのよさが評価されて、青山の店は品のいいエリートたちが集まる場所になっていく。
 この青山の手腕は土地のヤクザの親分にも買われて一目置かれる存在になる。その後、若い米軍将校夫妻がやっていたクラブを譲り受け、さらに事業を拡張していく……青山は基地という特殊な場所で、基地のアメリカ人、土地の日本人と親密な交友関係を結んでいく。
 戦争や敗戦、戦後の占領下の日本人の生活は小説家たちの重いテーマとなってさまざまな作品が書かれていったが、いっぽうでこんな積極的な生き方もあったのだと驚いた。
 十代後半で終戦を迎えた青山、すなわち著者は、それを強く意識したかどうかわからないが、アメリカにも日本にも、つまり「国家」というものに組せず、「人間」だけを相手にするという生き方を終生貫き通した人物なのにちがいない。
 五十年近く前に書かれた他の五編は舞台も時代もバラエティに富んでいるが、そんな著者の率直無類な人生への姿勢から掬い取られた、情感あふれる物語である。
 東北地方の寒村を舞台にした「盆太鼓」に私はもっとも惹かれた。
 大の馬好きで馬のハヤテを乗り回してばかりいる青年栄吉は、農作業を少しも手伝わないために父親と不仲になり、祖母と厩のある母屋で暮している。盆太鼓の指導で隣町まで赴いた栄吉は、その夜友だちからもらった鱈を手土産に、父と仲直りしようと父の家を訪れる。しかし、酒が入っていたばかりに喧嘩になり、かっとなった父は栄吉を薪でなぐって死にいたらしめてしまう。
 その死をハヤテは母屋にいて察知し、祖母を現場へと連れて行く。ハヤテは栄吉を思って涙を流し、葬式のときもハヤテはその死を悼んで前脚でしきりに地面をかく。ハヤテは青年の心の友であり、死に赴く青年の魂を乗せて天上へと運んでいく天馬でもあった。
 いっぽう、青年の母は恐山にイタコをたずね口寄せには興ざめするものの、帰りの車中の夢の中で息子に再会する。母自身がイタコと化してしまったのだ。そんな母は踊りの名手でもあったが、数年後のお盆のころ、敬老会で踊りを披露した直後に舞台で倒れてしまう。舞台に駆け上がってくる医者のスリッパの音、「イトはそれを遠のく意識の中で、馬が駆けてくる蹄の音に聞いていた」
ハヤテも同じ時刻に息を引き取ったと物語は結ばれている。
どこか遠野物語を髣髴させるような民話的な世界であるが、父親の後悔、母や祖母、弟の切ない思いがこまやかに行きかって、実はこんな家族と馬の生活がついこの間まで私たちの暮しそのものであったことをこの物語は私たちに思い起こさせる。
 もくもくと先祖伝来の土地を耕す人々ではなく、農作業をせず馬を乗り回してばかりいる青年、踊り上手の母の血を引き、太鼓が上手で他の村にまで指導にいく青年と馬を著者は物語の主軸に据えた。
友の誘いに応じてさっぱりと故郷を離れ、米軍基地のそばに独力で店を開き、米兵とも土地のヤクザとも友好関係を結んでいく著者は、もしかしたらそんな青年の末裔といえるかもしれない。人間の魂の物語は、そんな末裔たちによってこそ紡がれていくものなのだと思った。

全文を表示 »

物語のなかへ16

立野正裕 著『世界文学の扉をひらく 第三扉 奇怪なものに遭遇した人たちの物語』
(スペース伽耶)
―「図書新聞」掲載

 本書は著者が講師をつとめる本郷文化フォーラム・ワーカーズ・スクールでの文学講座をもとに編集したシリーズ第三作目にあたる。
 取り上げた五つの作品は、著者が選んだ「奇怪なものに遭遇した人たちを描いた物語」のベスト・ファイヴである。
 このテーマについて、著者は「奇怪なもの、または奇怪なものを語った物語は、むかしからわたしたちの心を深くつかんできた。しかし語られるそのものは、わたしたちの外部に存在するのであろうか。それとも内部に潜むのであろうか。いずれにしてもそれはわたしたちの前に不意に出現する。事態に直面して人はさまざまに反応せざるを得ない。そのとき、人間とはどういう存在であるか、どういう存在であり得るかが、いやおうなしに照らし出される」(まえがき)と述べている。
 前二作につづき本書も各章が「作品紹介」「対話」「作者略歴」の三部構成になっている。「対話」は講師と講座に出席しているメンバーたちの間で繰り広げられる読後の感想のやりとりであるが、これがすこぶる面白い。作品を読んで感想を披瀝し合い論じ合うということは、その人のそれまで生きてきた人生を語ることでもあるのだなと感じ入ってしまった。
 それぞれの作品が丹念に論じられていく。いずれのやりとりも丁々発止で面白いのだが、第二章「ドアの向うに立って」の『猿の手』はそのディスカッションが思いがけない方向に伸びていって、語り合うことのダイナミズムを感じさせられた。
 この作品の作者はロンドン生まれのW・W・ジェイコブズ。恐怖小説の作者として知られ、中でもこの作品がもっとも有名なものだという。ミイラ化した猿の手はインドから持ち帰られたもので、願いごとを三つ叶えてくれる、いわば打ち出の小槌のようなものなのだが、その最後の願いが工場で機械に挟まれて死んだ息子の甦りに使われようとすることで、この小説の「恐怖」が生まれる。 
 ディスカッションは、ドアの向こうに立っている息子はどんな姿なのかということに絞られていく。死者のむごたらしい姿を想像して、そこに佇むのみの人に対して、著者は古事記のイザナギが黄泉の国へイザナミを訪ねる物語を呈示しつつ、「物語で暗示されている部分が置かれている文化的な連関に思いをいたして、その連関性を可能にしている要素を読み抜いて行けば、その物語の背景からさらに大きな物語が立ち上がってくる可能性があるのです」と発言する。   
 するとそれに促されるように、ある人がキリストの復活を想起する。つづいて話題はキリストの復活の際の脇腹の傷跡、そこから左右をめぐる東西の文化論へと進展。さらにダンテの『神曲』やシェイクスピアの『ハムレット』『マクベス』、ゲーテの『ファウスト』に描かれる死者の姿、埴谷雄高のとらえたノートルダム寺院の聖ドニ像などへと連鎖していき、東西の死生観の違いへと関心がさらに深まっていく。
 一冊の恐怖小説をめぐって論じ合ううちに関心の触手が生死の深みに伸びていき、議論に参加したそれぞれのメンバーが、それぞれの勝手な思い込みから一歩踏み込んだ場所へと歩を進めていく様子が手にとるようにわかる。
その他の章で取り上げられている作品を上げておくと、第一章は魯迅作『眉間尺』、第三章はJ・G・バラード作『溺れた巨人』、第四章はヨナス・リー作『エリアスとドラウグ』、第五章はウォートン作『あとになって』。
 あとがきによると、本書の副題「奇怪なものに遭遇した人たち」は、一年前に収録する五作品を決定したときにすでに決めてあったことだそうだが、三月十一日に東日本大震災が発生し、著者は津波とこの副題の「奇怪なもの」を引き付けて考えずにいられなかったようだ。「いくつかの章は、われわれの日常に突如として襲いかかった奇怪なものにある意味で照明を与えずにはいないように思われる」と記している。
 不意に出現した「奇怪なもの」によって、人間はその存在自体の意味を突きつけられつづけてきたのだなと本書を読みつつ「三・一一以後の世界」を改めてかみしめるばかりである。

物語のなかへ15

片岡直美著『夏の花』(龍書房)
―「図書新聞」掲載

 十九の掌編小説からなる短編集である。主人公はすべて人生の半ばに差し掛かった女性たちでは心に棘のように突き刺さる記憶を持ち、それを反芻しつつ生きている。トラウマとも呼べない、生の一瞬を影のようによぎった哀しみが、実は思いがけないほどその人の感受性、いや生そのものを規定してしまうということは確かにあるだろう。取るに足らない出来事が、なぜか記憶の大きな場所を占めてしまう。それは、いったんキャンバスに置いてしまった絵の具のようにたとえ上から塗り重ねても決して消えることはない。人は誰もがそのようにして一つのタブローを完成させるしかないのかもしれない。
 十九人の女性たちのおかれた状況は異なり、切り取られた生活の断片はそれぞれなのだが、ある事象への拘泥のしかた、心の傾きようはみんなとても似ている。数十年も前の些細な記憶に執拗にこだわる女、家のノミとダニに翻弄される女、化粧にのめりこむ女……連作とは言えないのだが、さまざまな屈託を抱え込んだ女性たちの生のひとコマがまるでフーガの技法のように手を変え品を変えして繰り出されてくる。
 著者は現実に記憶の物語を呼び込んである種の「幻想域」を設けることで、女性たちの心の歪みやひび割れに独特の屈折率を与えることに成功している。
巻頭の「すあま」は、少女と母との心のすれ違いを買い物を通じて描いている。母から頼まれた買い物は、母の意志をどれだけ自分が正確に理解しえているかという試練となってのしかかる。試練を果たせず糾弾された苦しみは成人した彼女の心に影を落としたままだ。誰にもそんな苦しい記憶がたしかにある。
この短編は父の登場によってすあまの甘さのようなほの明るさで締めくくられるが、鬱屈が濃くなって壊れんばかりの女性たちも多く登場する。
 〈透視〉の術を信じて自転車を漕いで井戸を探しにいくが、見あたらず泣き出してしまう「魔術」の疲れ切った私。目の下に青黒いシミができてしまい、高いお金を払ってメイク教室に通う「化粧」の女は、夫が荷物を詰め込んで家を出て行ったとき、シミが気にならなくなったことに気づく。しかし、そのシミは壊れかかった彼女の中でまたいつ復活するかわからないという余韻が残る。
 「猫」では、野良猫への餌やりを通じて親しくなった二人の関係の揺れ動きが描かれる。野良猫は崩壊していく自然の象徴である。餌やりにのめりこみ関係性の距離感を取れなくなっていく女の過剰さは、崩壊に耐え切れなくなってしまったゆえの病理であろう。
 老いて認知症になった母の物語、「鏡の中の女」も著者の手になると、独特の様相を帯びて迫ってくる。母は裏のうちの家の床が3回も抜けて大音響を発していると訴えるのだ。老母の世界との異和は野良猫のエサやりにのめり込む女の抱える異和とそんなに違っているとは思えない。
集中もっとも長い一編が「春の日に」である。二人は数十年を経て知人のギャラリーで偶然に再会する。男女の関係とは違う。さりとて友情とも呼びがたい、そんなあえかだがかけがえのない関係が遠い過去から蘇ってくる。しかしもはやあの日に帰ることはできないのだ。「私は大事なものをなくしていた。それなのに今の今までそのことを忘れていた。忘れられるって幸せなことだわ。でも一度思い出してしまったら、二度と忘れることはできない」「喜美子の胸の中は暗い雲のようなものがとぐろを巻いて動き回っていた」
 こうした暗い雲の渦巻くような物語をまとめて著者が『夏の花』と名づけたのはなぜだろう。人は齢を重ねるにつれて成長し大人になるというけれど、八十になっても九十になっても、若い自分、幼い自分はすぐ手の届くところにいる。心に亀裂を抱えつつも何とか持ちこたえて歩き続ける女性たちの一人一人にも夏の花のような日々のあったことを告げたかったのだろうか。
 精神病は現代の公害であると看破したのは吉本隆明だったが、すでに傾きかけた地球の夕暮れで、生の再生産者である女性たちは、もっとも過酷にその滅びの波を浴びているのかもしれない。

物語のなかへ14

マリー・ルイーゼ・カシュニッツ著 田尻三千夫訳『わたしのギリシャ神話』(同学社)
―「図書新聞」掲載

 ギリシャ神話を読もうと思ってアポロドーロスの『ギリシャ神話』を買い求め、幾度となくチャレンジしてはあまりのややこしさに挫折した経験がある。しかし、最近、藤原伊織の遺作『ダナエ』を読んで、再びギリシャ神話への思いがふくらんだ。王女ダナエは孫に殺されるという託宣を信じた父、アクリシオス王によって塔に幽閉されるが、黄金の雨となって侵入したゼウスと交わり、息子、ペルセウスが生まれる。小説ではエルミタージュ美術館に収蔵されていたレンブラントの「ダナエ」に硫酸をかけられてしまうというエピソードを引き、それにオーバーラップするように物語が進行していく。 
 この託宣は思わぬ形で実現してしまうのだが、小説の主人公が語るダナエの物語は、親と子、男と女の関係の深淵をあぶりだすようで小説をひときわ印象深いものにしていた。ギリシャ神話は系統立てて読むものというよりも、その世界に魅せられた現代の語り部たちを水先案内人として読み進めるべきものなのかもしれないと思いつつ、本書を手にとった。
 本書にはドイツの詩人・作家のマリー・ルイーゼ・カシュニッツが独自の視点で選び出し、再構成したギリシャ神話十六編が納められているが、「巫女シビュラで始められ、ケイローンが続き、神々の世界を中心とする物語はデーメーテールとへーパイストスに関するものだけで、エーオースで締めくくられるという構成はおそらく他には見られないでしょう」と訳者あとがきに記されている。
 冒頭の巫女シビュラはこの世界と同じくらい古い存在で、生まれ落ちた時から岩の上で予言を始める。アポローンの妹、母、あるいは花嫁とも呼ばれるが、王位はアポローンに譲りあくまで巫女として国民に託宣をする役目にとどまる。時の流れとともに様々な姿で登場するが、シビュラは自然の王国の象徴であり、異郷の神々とキリスト教世界の橋渡しの役割を果たしたことが明かされていく。
 シビュラを冒頭に置いたのは、カシュニッツがおそらく神話の花開く原郷をここに見たからに違いない。そこは東西が分かちがたく結びついた辺境の、精霊たちが跋扈する原野であった。巫女シビュラがデーメーテール、アンティオペー、ダナエ、ニオベーといった女神たちや女たちを呼び寄せていく。
巻末にはカシュニッツの略歴も添えられている。一九〇一年、ドイツ生まれ。夫は古典考古学者で古典時代のギリシャの陶器に造詣が深かった。二十六年から三十二年まで夫とともにローマに滞在したことが契機となって、文学的才能を開花させていく。第二次大戦下で長篇小説『エリッサ』を当初持ち込んでいたユダヤ系の出版社から引き上げ、別の出版社に乗り換えたことは彼女の大きな負い目になった。本書の初版は四十四年、戦時下のことである。
 彼女は戦時下のフランクフルトでの生活を「内的亡命」ととらえ、ギリシャ神話の再話に取り組むことが「わたしたち流の抵抗だった」と苦しい胸のうちを伝えている。本書が内的亡命の日々の中でコツコツの書き進められた一冊であると知ってみると、彼女の神々の選択の中に、ナチス体制下であえぐヨーロッパ精神の深層心理とでもいうべきものがじわじわと滲み出ているような気がする。
 カシュニッツの前書きも新版のための後書きも一つの作品のように濃密である。前書きでは自分が取り上げた神々、半身、英雄、妖精のすべてに共通するものは「産み出すと同時に破壊的でもある自然力の無意識的な跋扈から、運命に脅かされてはいても自らの意志で行動する人間精神の支配圏へと至る道程」であると語る。後書きでは、夫とともにギリシャの陶器画を見ながら神話の時空に思いをめぐらせ、「陶器画の優美で、時にはとても愉快な人物たち」が文学の中ではとても悲劇的に描かれていることが心にかかったと記されている。そして「絵と言葉の不一致」を「自分に対して決して十分に説明できてきませんでした」とし、戦後も本書で扱った素材に取り組み、五十二年に『イアーソーンの最後の夜』、五十三年に古いシビュラの話に基づいた十字架伝説、『十字架の劇』(いずれも放送劇)を書き、そのことによって「ようやく第二次大戦後に、わたしは神話の呪縛と南方の風土の呪縛からわが身を解き放ち、現在とこの時代の人間たちに取り組んだのでした」と後書きを結んでいる。
「神話の呪縛」と「南方の風土の呪縛」という感受は、西欧の知識人たちがギリシャ神話をどのように受容してきたかの一端を示していて興味深い。巫女シビュラを導入として一冊のギリシャ神話集を編み、さらにシビュラに基づいた物語を創作することで、彼女はこの世に「悲劇」を呼び込んでしまう「言葉」に改めて向き合うことになったのだろうか。
 神話とは、このように一人の作家の中で醸成され生き続けていく人間の魂の物語であるのかもしれないと思わずにはいられなかった。

物語のなかへ13

ヒュー・ウォルポール著 長尾輝彦訳『ジェレミー少年と 愛犬ハムレット』(れんが書房新社)
―「図書新聞」掲載

 本書はイギリスの作家、ヒュー・ウォルポールが一九一一年に発表した児童向け小説『ジェレミー』三部作の第二作目にあたる。作者はわが国では、代表作の『へリーズ年代記』や『銀の仮面』などで熱烈なファンを持つが、本書は本邦初訳である。
 訳者はあとがきで、「イギリスの片田舎の骨董屋で思いがけなく発見した骨董品のような趣がある」と記しているが、主人公のジェレミー少年へ寄せる作者の温かいまなざしが作品をいぶし銀のような味わいに富んだものにしている。読後、私もすっかりジェレミー少年のファンになってしまったのだった。
 ときは一八九四年。十歳のジェレミーが寄宿学校に入学して二年目の冬休みに、ポルチェスターに帰省したところから物語が始まる。舞台は実在の町ではないが、おそらく作者のヒュー・ウォルポールが寄宿学校生活を送ったイギリス北東部の町、ダーラムではないかと訳者の長尾氏は推測している。訳者あとがきに添えられたダーラムの大聖堂と城、その下を滔々と流れるウィア川の写真に誘われるように物語の世界に分け入っていった。
 少年と同世代の読者なら、たちまちジェレミーと一緒になってポルチェスターの市場をうろつき、大聖堂の夜中の肝試しにドキドキし、愛犬ハムレットのひょうきんぶりに笑い、寄宿学校でのクリケットやラグビーの様子に胸を高鳴らせるだろう。
 そして大人はこの物語の中で、もっとも繊細に世界に向き合っていた頃の自分に出会うだろう。世界が自分に重くのしかかってくるようでとても生きにくかったこと。大人との軋轢の中で異常なまでに神経を尖らせていたことを、まざまざと思い返すにちがいない。
 同時に物語の背後にイギリスの片田舎にも及んできたキリスト教信仰の揺らぎや階級社会を少しずつ侵食して行く時代の荒波をひしひしと感じる。パリ帰りの絵書きのおじや植民地を渡り歩いた実業家のおじが牧師の父との対比で描かれ、そんな大人を見つめながら少年は自立を促されていく。
 ジェレミーは牧師である父の潔癖なまでの正義感から、泥棒の濡れ衣を着せられて深く傷つく。自分の善意がこともあろうに正義の権化ともいうべき父によって真っ向から否定されてしまう……冒頭に置かれたこのエピソードが物語の通奏低音となって少年の造型を陰影に富んだものにしている。
 少年がもっとも敬愛するのは絵描きのおじであり、深く友情を感じるのは避暑地カーリヨンで出会ったならず者一家(低階層)の少年である。大の本好きで古道具屋で『ロビンソン・クルーソー』をみつけて狂喜するいっぽうで、体は小さいのにラグビーの選手に選ばれるスポーツマンでもある。実業家のおじさんが家族の前で牧師である父の欺瞞性を痛罵すると、反論もできない父にそっと救いの手を差し伸べる。強い自己主張をするわけでもないのに、しっかりとその存在感を周囲に植えつけていく。
 作者は一八八四年にニュージーランドで牧師の子として生まれ、五歳のときにイギリスに移り住んだ。一九〇六年にケンブリッジ大を卒業して聖職についたが、一九〇九年に作家に転じ、第一次世界大戦を挟んで三十年間にわたって作品を発表した。物語にはこうした作者のプロフィールが色濃く投影されていると思われる。
 ジェレミーはパリから戻った絵描きのおじさんに画室で父とのいざこざを打ち明ける。するととおじさんは「死ぬまでには百万回も誤解されるだろう。だからほんとうにすきな仕事と、信頼できる友と、それに丈夫な胃袋があれば、それだけでもう感謝しなくてはいけないのだ」。そして、「この画室にはいつでも入ってきていいからね」と言ってくれる。
 「ジェレミーの人生はあの半時間の出来事から始まったと言ってもよいほどです。ジェレミーは、鏡の国のアリスのように、川をこえ、わがものとなるべき領土へと足をふみいれたのでした」
 十歳の私にも新しい領土をもたらしてくれたおばたちがいた。さまざまな本があった。新しい領土への入り口をこじあけてくれる存在を持っていたことは無上の幸せであったと今つくづく思う。
 本書はきっと読者のそんな一冊になるにちがいない。
 「イギリス文学には、『こどもは大人の父親である』という有名な詩句を残したウィリアム・ワーズワースに始まり、チャールズ・ディケンズやジョージ・エリオットらによって成熟した伝統――『子どもの心』を好んで題材にするという伝統がある。ウォルポールが書いた『ジェレミー』三部作は、その伝統を受け継いだものであり、間違いなく後世に残る文学遺産と言える。翻訳を手がけた理由もそこにある」(訳者あとがき)
 たしかにジェレミーは私たちの父親であるとも言える。これが読後の率直な感想である。

«  | HOME |  »

プロフィール

梶葉子

Author:梶葉子
読書のよろこびはなにものにもかえがたいものです。
私を実に実に遠くまで連れ去って
みえない世界を垣間見させ
そこに吹く風や漂う香りを感じさせてくれる
書物に感謝しつつ
ささやかな感想をしたためていきま

最近の記事

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。